人気のない校舎裏の木立の中、パチンという破裂音が鳴り響いた。ジンジンと痛む頬にゆっくりと手を当ててみると、そこは密かに熱をもっているように感じたが、もしかしたらただ単に俺の手が冷たいだけかもしれない。避けようと思えば簡単に避けられたが、そうしなかったのは愛ゆえだとも言える。 「最っ低」 えらくドスの効いた声でそう言い放つ彼女を無言で見下ろす。ギロリと眉間にしわを寄せて俺を睨む顔もなかなかいける。 「…何で今更首をつっこむんですか。俺のことフったくせに」 「だからってあんなもん見ちゃったら素通りできないわよ…。女の子を何だと思ってるの?」 「俺は苗字先輩以外女子だと思ってないんで」 「あんた…」 「さっきので痛感しましたよ。あんなのじゃ全然苗字先輩の代わりにならない」 そこまで言ったところで、今度はさっき平手打ちされた頬と反対の頬に同じように刺激が走った。 「本当、最低」 「最低じゃなかったら忍足さんじゃなくて俺と付き合ってくれたんですか」 「はあ、もうそういうんじゃなくて…」 そう言って困りきってしまった様子の苗字先輩。困らせるつもりではなかったのだけれど。 しばらく黙って何か思慮していた先輩がふと何かを思いついたように顔を上げた。そして俺との距離をぐんと詰めてキスをした。突然のその行為に驚きつつも、喜びを隠しきれず俺もそれに応える。 「…っ、せんぱ」 「ん…………侑士」 「!!」 先輩の口から漏れたその男の名前が漏れた途端やるせない気持ちがぶわっと溢れ出して、思わず彼女を突き飛ばしてしまった。荒い息を抑えつけ、苗字先輩を見る。…こんなのあんまりだ。 「どう?」 「…最低、ですね」 「叩いてもいいよ」 「そんなことしません」 だってあなたが好きだから。その言葉はこれ以上先輩を困らせたくなくて飲み込んだ。 俺がさっき名前も知らない女生徒にしていたことと全く同じことをやってのけた苗字先輩が自嘲する。ああ好きな人に他の人と重ねられながらキスされるって思っていた以上にきつい。そう考えると少しだけさっきの女に情がわいた。 「好きになってくれてありがとう日吉」 「…っ、」 「えっと…じゃ、じゃあね!」 これ以上見ていられなかったのか、苗字先輩が踵を返した。俺はその背中から目が離せなかった。 ◆ 「何や日吉、顔真っ赤やで?さっきのファンの子と良い事あったんか」 頬はまだじんじん痛むし、忍足さん曰くまだ赤いらしい。俺がファンだと名乗る女に呼び出されたことしか知らない彼は、まさか自分の彼女に俺が平手打ちされたことなんて知る由もないだろう。 ーーー 他の短編であまりにも日吉に嫌われてるので |