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「なあ、なんとかしてくれよ」

俺がそう頼みこむと、苗字は困ったように苦笑いをした。

「なんとかって、どうすればいいのよ?」
「あー…その、ジローに迷惑だってはっきり言うとか…」
「そ、そんなのやだよ。私だって芥川好きだもん」
「…お前の好きとあいつの好きは違うんだよ」

端から見ててもわかる、と言っても苗字は「そんなこと思うけどなあ」なんて言う。長太郎に“こういうこと”に疎いと言われた俺ですらジローがこいつを恋愛的な意味で好いているのはわかる。確かにジローに好き好き言われてるだけだと本気だとは思えないかもしれないが、たまに垣間見える嫉妬だとかあいつの真剣な表情を見てしまうとただの「好き」では収まりきらない感情をこちらまで感じてしまうのだ。…もしかしたら苗字はジローのそういう一面をまだ見たことがないのかもしれない。

「とにかくさ、今週練習試合あるんだよ」
「うん聞いた」
「ジロー練習出て来ないとレギュラー落ちしちまうぜ」
「えっ宍戸みたいに?!」
「(…こいつ)苗字といるとジローお前に抱きついて寝てんだってな。それだと樺地もあいつのこと運べねえだろ」
「そんなの知らないよ私が抱き着いてって言ってるんじゃないんだし」
「…まあそれもそうだな」

確かにいくら寝ていたとしても女の力じゃジローのホールドから抜け出すのは難しいのかもしれない。それに意味は違えどもこいつもジローが大好きなんだ。突き放せ、なんて少し無神経だったかもしれねえ。そう思い直して「悪かったな無理言って」と一応謝る。きっと他にも打開策があるはずだ。

「ごめんね?でも私にできることだったら何でも言って」

そしてこの笑顔。ジローじゃなくても参っちまうのはよくわかる。だからこの後俺はこの笑顔に甘えてとんでもない提案をしてしまったんだ。

「…なあ、俺と付き合わね?」
「……宍戸?」
「いやほら彼氏できたらジローもさすがにお前に付き纏わなくなるかもしれねえし…」

苗字の視線が刺さる。こいつはそういう適当なのいやなんだろうな。俺だってあんまり好きじゃねえけどよ、苗字のことは恋愛的な意味じゃなくても好きだし、こいつと付き合うのも悪くないっつうか…。…駄目だ無言が痛い。

「…あ〜…わりい変なこと言って」
「…う、ううん」

苗字がそう言ってかぶりを振るのと、俺の耳がそいつの声を捉えたのはほぼ同時だった。

「………ねえ俺いるんだけど」
「っジロー!?」

声のする方向に目を向けると、ネットやらポールやらに紛れたマットの上で横になるジローがこちらをじっと見ていた。真顔なのが恐い。いつから聞かれていたんだろうかとかどうして今日に限ってあんなところで寝ていたのかとか色々思うことはあったけれど、大きなあくびをかましてジローがゆっくりと立ち上がったので、俺はとりあえず立ち去った方がいいかもしれない。

「…ジロー、今日の練習はこいよ。そろそろ跡部が黙ってねえぞ」
「A〜…わかったー。でも苗字と話してからね」
「あ、芥川…」

不安そうに視線をさ迷わせる苗字にもう一度「わりい」と謝ってから、やたら重い空気が充満していた部室を後にした。



「なんであんなところにいたのよ…」

タイミング悪すぎだ、と思わず額を手で覆った。宍戸も、ここなら芥川もこないだろうと考えた上での行動だっただろうに。

「誰にも邪魔されないで苗字と寝れる場所探してた」
「芥川…」

まるで陰口を叩いているところを本人に見つかったかのような気まずさだ。まだ眠たそうな掠れた声で囁かれてはじめて私は芥川のことを「男の子」ではなく「男」だと認識したかもしれない。

「…ねえ苗字俺の気持ち迷惑?」
「そんなことない!」

寝起きはいつも不機嫌で、でも起きてるときはいつでも楽しそうに私と話してくれる芥川が大好きだった。迷惑だなんて感じたことない。

「じゃあ俺のこともそろそろ真剣に考えてよ」

ああ宍戸の言う通りだった。なんで今まで気が付かなかったんだろう。こんなにも芥川は。
私とたいして身長の変わらないはずの芥川が今はすごく大きく見えた。

「宍戸と付き合ったらヤダ」
「うん」
「俺と付き合って」



ーーー
どうしても独占したかった