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「冗談じゃないわ!!!!」

般若のような形相で、名前が机を叩いた。激しい音が鳴り、湯呑みの中の茶が波を立てる。うむ、名前の手の方が痛そうだ。
あれから俺と彼女は度々お見合いを重ね、その度に名前は俺に喧嘩を売ったり俺を放置し家を出ようとしたりしたのだが、結局この関係が破談となることは今までのところなかった。それどころか中学を卒業し春休みも終わりに近づいた今日、彼女にとってまさに死の宣告が下されたのだった。それは今から僅か数分前にさかのぼる。



「名前、春からは弦一郎くんと同じ立海大附属高校に通うという話だが、違いないな?」
「はい、前もそうだったもの。約束は守りますわ、お父様」
「うむ、そこでだ。名前、春からは弦一郎くんの家に世話になりなさい」
「はい。…………は?」
「はっはっはっ、まあ驚くのは無理もない。だが我等の間ではもう準備が済んでいるからな」
「そそそ、そんな、困りますお父様!!」
「それに今の家から立海に通うには不便だろう。まあ、また二人でゆっくり過ごしなさい。いずれ気持ちも固まるだろう」
「(固まるかっつーの!!!)」

そして冒頭に至る、というわけだ。なんとまあ、名前にとっては災難以外の何物でもないのだろうが、事前に父親から話を聞いていた俺にとっては正直そんな彼女の爆発ぶりも愉快で仕方ない。

「なーにが『わしも名前と離れるのは辛いが…』よ。白々しいったらありゃしない!!」
「でも逆らえんのだろう?」
「慎みなさい」
「ぬ…」

口では強く出ているものの、呆れ顔とため息は隠しれないらしく、大きく息を吐いた後机に突っ伏してしまった。

「まあまだもう少し後のことだろう…」
「その調子であっという間に結婚まで持ち込まれることを恐れてるのよ私は」
「…確かに」
「弦一郎も少しは抵抗したらどうなの?このままじゃ本当に…」
「俺は…、名前を嫁に貰うのも悪くないと…」

そう考えているのだが、と言うつもりだったのだが、名前がばっと顔を上げ呆然とし、さらに顔を赤くしていたのでついその珍しい表情に見入る。

「……冗談は真顔で言うものじゃないわ」



「それではとりあえず一学期までということで。名前、たとえ居心地が良すぎても夏休みには帰ってくるんだぞ」
「…お世話になります」
「(ついに無視しおった)」
「いやいや、名前さんが来るのを家内も楽しみにしておりましてね…。弦一郎、名前さんを部屋に案内しておやりなさい」
「ああ」

斜め後ろをキープしたまま俺に着いてくる名前の顔を除き見ると、大層な仏頂面であった。望もうとも望まざろうとも、この日はやってきてしまったのである。

「ここだ」

障子を開け電気を点けると、六畳間がダンボールによってうめつくされている光景が目に入った。狭い、だとか汚いだとか言われるかと身構えていたが、意外にも名前は何も言わなかった。

「荷物は…」
「良い、自分でできる」
「………」

不機嫌そのものである。今まで俺は人の感情を読むのは苦手だと思っていたのだが、名前は本当にわかりやすい。しかしこれだけの量のダンボールを一人で捌くのは無謀だ。そう考えた俺は、畳に膝を付き手近なダンボールを手繰り寄せ、ガムテープを剥いた。…と、取れん。(ガリガリ)一度名前の視線を感じたが、彼女は特になにも言わなかった。

「その、同じクラスになるといいな」
「……まあ、知り合いがいた方が何かと便利だものね」
「(…これがつんでれというものか)」


ーーー
つづく…のか?