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「…普通あげる相手の前で作るか?」
「しょうがないじゃない、家だと弟につまみ食いされちゃうんだもん」

去年のバレンタインにも俺にくれると言って張り切って箱いっぱいのトリュフチョコを作っていたらしいが、俺の元に届いたのは馬鹿でかい箱とその中に申し訳程度に置かれたチョコ三つのみであった。つまみ食いの犯人は複数であり主犯は彼女の弟らしいが、なぜか共犯者に苗字自身も含まれていたと言うのだから弟ばかりを責めるもんじゃあないと思う。激ダサすぎて言葉も出ねえぜ。

「お、綺麗に焼けた」

ミトンをはめ慎重にオーブンの中からそれを取り出すと、キッチン内がほんのり甘い香りで充満する。ふっくらと上手に膨らんだスポンジケーキを見て、苗字が満足げに頷いた。本人が何も言わないので何とも言えないが、たぶん去年のバレンタインが嫌な思い出になったのだろう。そのため今こいつが作っているのはチョコレートを一切使用しない苺のショートケーキだ。俺は食えるモンなら何でもいいんだが。…っていうのは建て前で、本当はこいつの作ったモンならどんなにまずい代物ができたって眉根を寄せることなく食ってやるつもりだ。…恥ずかしいこと言わせんなよな。

「包丁借りるね」
「おお」

スポンジを型から抜き、ケーキの側面に慎重に包丁をいれる苗字の姿はお世辞にも手際が良いとは言えないが、「えへへ、私いいお嫁さんになれるでしょ」なんて言われてしまえばもう何もできなくてもいいからずっと傍にいてほしい、なんて柄でもないことを考えてしまっていて自分に軽く鳥肌が立った。

「あっ」
「お、おい大丈夫か」
「あちゃ〜…いや、平気」

添えた左手の親指を切ってしまったようだが傷は浅そうだし、ここで俺がごちゃごちゃ口を出すと怒るのは目に見えているので黙っていた。親指を口に含みながらもスポンジを無事にスライスし終え、あらかじめ泡立てておいたホイップクリームの入ったボウルを抱え戻ってきた。よかった、何だかんだ今年のバレンタインはこいつにとっても楽しいものになりそうだな。…あれ、今フラグ立てた?

「あ」

キッチンマットに足をとられバランスを崩し、持っていたボウルが宙を舞う。流れるような一連の動きはスローモーションのようだが、本当にゆっくりだったら当然華麗に避けるところだ。べちゃりと嫌な音をたててまず内容物が俺の顔面を中心に付着する。そしてコンマ一秒遅れて空のボウルがつむじをぐわわあんと直撃した。
おかしいな、長太郎のスカッドサーブには反応できても生クリームには反応できないなんて。俺の自慢の相棒は生クリーム以下だったということか。…何言ってんだ俺?

「ベ、ベタな…」
「…普通逆じゃね?」

お互いこの事件の加害者被害者だというのに何とも的外れな突っ込みだ。
いくらそういうプレイだとしても男が生クリームでデコレーションされてんのなんて気色わりぃだろ。一言感想を漏らした後、苗字が慌てて謝りながら俺の顔に付いた生クリームを必死にキッチンペーパーで拭っていた。しかしまだ目は開けられない。固く目を閉じてそれが取り払われるのを黙って待つ。

「…宍戸」
「え」

ぬめってザラザラとした感触のそれが頬を伝った。思わず目を開けてしまったが視界は既にクリアになっていた。

「…い、てぇよ…傷口が」
「…へっ?あ、そ、そっかごめん…」


ーーー
こいつらは初々しい