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名前先輩は小さい。ふざけて抱きしめてみたら俺の腕の中にすっぽりおさまってしまったほどだ。身長も当然小さいわけだから、俺はいつも屈んで先輩と話している。俺よりも年上の女の人なのに、こんなにも小さくてかわいらしくて、なんだろう、犬とか猫とかハムスターに抱く気持ちと似ている。(ということを日吉に言ったらなぜだか渋い顔をされた)
そんな俺は最近名前先輩を抱っこしてあげるのにはまっています。先輩と近くにいられるし、やわらかくていい香りがするし、何より先輩がすごく喜んでくれるからだ。こういうとき、俺は自分の長身につくづく感謝するのであった。(これを宍戸先輩に言ったらなぜだか怖い顔された。怒ってる宍戸さんもかっこいいです!!!)

「おおとりー、抱っこしろやー」
「はいはい」

どこからか現れた先輩が俺をぺしぺし叩く。全然痛くないですよ。そのまま小さな体を持ち上げてやると「いい眺め」なんてご機嫌な声が聞こえてきて、ほほえましい気分になる。しかし続いて発した先輩の言葉に俺はつい足を止めてしまった。

「ねえねえ、このまま宍戸のところまで連れて行ってよ」
「え、」

俺は先輩が乗っかったままの状態で必死に頭をまわした。正直、先輩と宍戸さんは同学年なだけあって非常に仲が良い。このままだとせっかく先輩と会えたのに、宍戸さんにとられてしまう!そんな俺の葛藤も知らず「ししど、ししど」とあほみたいに繰り返す先輩にちょっと(いやうそついた。かなり)いらいらした。
この人は可愛いんだけれども、それを台無しにしてしまうくらいのあほでわがままなのだ。だがそのぼんやりした性格でテニス部のこわいファンの子たちの攻撃を幾度となくスルーしたという武勇伝ももつ。俺はそんなところもひっくるめて、いや、そういう先輩だからこそ名前先輩はかわいいのだと思う。だけれども、その個性的な性格故に逆に彼女を苦手としている人も多い。日吉はそっちの人間らしいが、俺にはまったく理解できない。だって俺の背中に手をまわして落ちないようにぎゅってワイシャツを掴まれたりしたら誰だってたまらないだろう?…ああそういえば、俺は怒ってたんだっけ。人の感情までふっとばしちゃうなんて。この人天才なのかも。

「ねえ先輩、宍戸さんのところより屋上にでも行きませんか?景色もいいし」

俺は先輩を宍戸さんにとられまいと必死になっていた。そのためこの人がいかに傍若無人でわがままなのかを失念していた。ただ先輩ともっと一緒にいたいとだけ思っていた。

「やーよ。宍戸にスラダン返しにいくんだもん」

そう言って俺の背中をポカスカやり始めたのでさすがに降ろしてやる。自由になった瞬間、「あ」と声を上げて俺の傍を離れて行ってしまう。つかまえてないとすぐどこかに行ってしまうところなんて、ますます動物みたいだ。

「おい樺地」

ちっとも似ていない跡部さんのモノマネに突っ込みを入れながらも彼女の視線を追うと、廊下の向こう側から樺地が歩いてくるところだった。相変わらずでかい。

「宍戸のクラスまでつれてって!」
「ウス」

まるで親子さながらの慣れた様子で樺地が先輩を肩車する。あの長身で肩車をしていると、端から見ているだけでも迫力があるなあ。樺地でかい。俺先輩が卒業しちゃうまでに樺地より大きくなります。うん。けどそれよりも俺はこの光景を端から見ているだけという状況に何よりも焦っていた。

「せ、先輩、宍戸さんところ連れて行きますから、俺と一緒に行きましょう!!」
「やーよー、樺地のほうがでっかいし。あとやきもちやきはがっくん一人で十分よ」

と捨て台詞を残し、堂々たる姿で立ち去って行った樺地と先輩。取り残された俺はぽかんと口を開け立ち尽くすよりほかなかった。…それにしても、俺が嫉妬してたのはばれてるんですね。あれ?もしかして先輩意外とあほじゃなかったりして。いいですよ。計算高くて性格悪い先輩だってちゃあんと愛してあげます。だからはやく戻ってきてくださいよ。背中が寂しいです。


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