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※注意


「長太郎、また転んだの?」
「はは、すみません鈍くさくて」
「そんなことないと思うけどなあ」

水道水で汚れを落としたばかりの膝小僧の擦り傷に、マネージャーの名前さんが「ちょっとしみるよ」と言って消毒液をかける。傷を手当する名前さんの顔は真剣そのもので、こういう顔を見るとやっぱりマネージャーなんだなとしみじみ思う。

「はい、これでオッケー」
「ありがとうございます」

名前さんチョイスのかわいらしい動物があしらわれた絆創膏を貼ったら手当ては完了だ。宍戸さんはこの絆創膏をはずかしいからと嫌がっていたが、俺にとってはこの絆創膏は名前さんに手当てしてもらった大事な証だ。
ふと名前さんを呼ぶ声がしてそちらを振り返ると、俺とまったく同じ箇所に傷をつくった宍戸さんが足をかばいながらこちらにゆっくりと歩いてきていた。

「わりい名前、また転んだ。…おっと、先客がいたのか」
「宍戸は相変わらず怪我多いなあ。気を付けてよ?…二人とも同じところ怪我してるし」
「マジかよ長太郎、お前激ダサだな!」
「長太郎もそんなところまで宍戸についていっちゃダメだよ?」
「そんなことしてませんよっ」

俺と宍戸さんを茶化しながらも手際良く傷を治療していく。宍戸さんの膝にできた擦り傷に消毒液をかけ、ガーゼを当て、仕上げにと件の可愛らしい絆創膏を貼った。俺とまったく同じところにできた宍戸さんの傷に、俺にしたのとまったく同じの手当てをし、俺とまったく同じの絆創膏を貼る。宍戸さんはやはりその絆創膏を見て顔をしかめた。

「これやめろよ…」
「誰に文句言ってるの?最近は減ったけど、あんたがレギュラー落ちした頃なんか宍戸の怪我の治療で忙殺されるかと思ったんだから」
「わかったよもう、サンキューな。長太郎もはやく戻れよ」
「はい」

宍戸さんが毎日俺のスカッドサーブで怪我をつくっていたあの頃、一番彼のそばにいたのはマネージャーの名前さんだった。もともと世話焼きな名前さんは宍戸さんが負った怪我のことももちろん、レギュラー落ちした宍戸さん自身のことも非常に気にかけていた。宍戸さんはいつも素直になれないみたいだけど、彼女の存在がどれほど宍戸さんにとって大きなものか、傍で見ていた俺には痛いほど伝わってくる。そしてそれがどれほど羨ましかったか。

「長太郎、もう平気?」
「はい」
「うん。じゃあがんばって!」

とん、と背中を押されて自然と足が一歩前に出る。しかし俺の意識はまだ名前さんに向いていて、身体をぐりんとひねって名前さんのほうを見る。

「?どうした長太郎」
「そういえば俺、まだ怪我いっぱいしてるんです。宍戸さんよりいっぱいあります」
「何言ってるの、ちょうたろ…」

ジャージの上を脱ぐと、昨日一昨日つけたばかりの新しい傷から、見るのも辛いような古傷が数えきれないほど露出する。名前さんはそんな俺の両腕を見て「ひっ」と怯んだけれど、すぐに落ち着きを取り戻した。

「馬鹿!なんでもっと早く見せないの!?それから無茶な特訓はもうやめて」
「トレーニングでついた傷じゃないです!!」

俺の大声に名前さんの肩が跳ねる。そんな名前さんの様子に満足感を得たけれど、まだ、何かが足りない。
ふと、昨日手当てしてもらった左足のすねの辺りに手を伸ばす。かわいらしい絆創膏なのにもったいないなと思ったけれど、躊躇なくそれの端を爪で摘んでゆっくりゆっくり剥がしていった。粘着性を極めたそのカットバンは、まだ固まったばかりのかさぶたをも巻き込み俺のすねから剥がれていく。

「な、なにしてんの!!」

かさぶたが取り払われて、再び血がそこからじわりと滲み始めた。不思議と痛みは感じない。それより早く名前さんに俺を、俺だけを手当てしてほしいという気持ちが加速する。

「…長太郎、あなたまさかこの傷全部自分で、」
「へへ、また血出てきちゃった、名前さん」


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