今日の雨は、いつもよりも冷たい。ナサニエルは降りしきる雨の下に立って、そう思った。誰にも聴かれないように、ギリシャ語で小さく毒づくと、スーツが濡れるのも気にせずに、雨の中を歩き出した。次第に雨足が強くなり、テムズ川を半分ほど渡ったときには、雷も鳴り始めていた。は、とため息を一つつくと、息が白く濁る。ザアザアと音を立てる雨に、思わずナサニエルは目を閉じた。この雨も雷も、白く濁った息も、全てが今のナサニエルの心を映しているようであった。心は一向に晴れる気配はない。どんなに知識があっても、政治的地位が高くても、そんなものは、正直なところ、もうどうでも良かった。ナサニエルには、ただ一つだけ、欲しいものがあった。それは、バーティミアスの心。年を重ね、バーティミアスと過ごす時間が増えれば増えるほど、いつの間にかナサニエルの心は、バーティミアスに惹かれていた。自分にないもの、全てをバーティミアスは持っている。ナサニエルはそんなバーティミアスが欲しくてたまらなかった。こんなにも想っているのに、バーティミアスは気付かない。今まで、こんなに上手くいかないことはなかった。ぐっと唇を噛むと、口の中に鉄の味が広がる。人間は愚かで浅はかだ。それは自分も同じであることをナサニエルはよく理解していた。どんなに質のいいスーツで着飾り、完璧で隙のないジョン・マンドレイクを演じても、結局中身は孤独なナサニエルのままであった。愛に目が眩むようでは、まだまだだ。

「歪んでいるのだろうな、僕は」

目を開けると、目の前には黒く淀んだテムズ川が、止めどなく流れていた。ナサニエルは寂しげに微笑む。その時、空が一際大きくないた。




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