「考えられんな」
フェイキアールが書物を読みながら呻いた。何がだ、と問いかけると、俺にヘブライ語で書かれた文章を見せてきた。そこに記載されていたのは、妖霊と主人の禁断の恋の物語。
「まぁ、俺はその実例を知ってるが」
「考えられんな」
そう言って、フェイキアールは再び書物に視線を戻す。俺は理解できないフェイキアールの行動に、首を傾げた。そもそも、何故フェイキアールがそんな物語を読んでいるのか、俺はそれが不思議でならなかった。
「何でそんなものを読んでるんだ?」
「気分だ、気分」
フェイキアールは顔を上げずに答えた。案外、面白いのかもしれない。フェイキアールも意外と書物が好きなのかもしれない。
「何故、主人を愛すのか、意味が分からない」
その言葉に、俺は何も反応しなかった。
「私たちを縛り付けるような奴等だぞ?」
「長く時間を共にすれば、情も移るんじゃないのか?少なくとも、俺が知っているヤツはそう言ってた」
俺はそう言いながら、肩を竦めて見せた。理解は出来ないが、仕方のないことなのかもしれない。俺たち妖霊にだって感情はある。いつの間にか、主人と奴隷、としてではなく、互いの心に触れるのかもしれない。俺は、フェイキアールにそう説明してみた。
「お前は甘いな」
厳しい口調でフェイキアールは俺に言う。ムッとした俺は、フェイキアールを睨んだ。
「甘くない。お前は頭が硬いんだ、フェイキアール」
「何とでも言え。実は実体験なんじゃないのか?」
「違う。俺はそんなことはない。俺の心は誰にも渡さない。俺の心は、永遠に俺だけのものだ」
ほう、とフェイキアールは目を細める。
「お前には難しい目標なんじゃないのか?バーティミアス。お前はいつも、人間に近すぎる」
吐き捨てるように言ったフェイキアールは、すぐに書物に視線を落とした。それ以降、俺たちは何も話さなかった。