「僕はお前の為だったら、死んだって構わない」
小僧が突然そんなことを言い出した。正直、俺はとうとう小僧の気が狂ったのかとも思ったが、声色からして、どうもそうとは思えない。ペンタクルの中で、俺たちに命令を下すのと同じ声。一瞬、この俺様でも、あぁそうか、と流してしまいそうになるほどだった。
「どうした、突然…」
俺が聞いても、小僧はただ、何でもない、と言って、すぐに書類に視線を戻してしまう。それ以上俺も何も聞けなくて、とりあえず、小僧が座っている机と向き合っているソファに座った。しばらくして、ただ座っていることにも飽きて、ソファで寝転んでみると、ふいに小僧の香りが鼻を掠める。花とかの嫌な臭いではなくて、抱き締めたときに香るような、甘い香り。
「…俺が、死ぬなと言ったら、お前は生きるか?」
呟いた俺の言葉に、ナサニエルが顔を上げた。呆けたような表情で俺を見つめる。何度か瞬きをした後に、困ったように笑みを浮かべた。
「分からない、そのときになってみないとでも、いくらバーティミアスの意見だからって、聞けないかもしれないな」
そう言ったナサニエルの笑顔が、一瞬にして、プトレマイオスの笑顔と重なってしまう。プトレマイオスは、最期だけは、俺の話を聞かなかった。あれだけ訴えたのに。そして…。
「バーティミアス?」
ナサニエルに呼ばれた声で我にかえった。珍しく、本当に心配そうな顔をするから、俺はいつものようにニタリと笑ってみせた。
「大丈夫だ」
「…どこが、大丈夫なんだ?」
「うっせぇ。俺様が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんだ。年寄りの話も少しは聞け!とにかく、お前は死ぬな、ナサニエル」
「口には気を付けろ?でないと、お前の口を鉄で封じるぞ!」
「おー、怖いねー」
俺はソファから起き上がって、ナサニエルの後ろに回り込む。どうした、と、聞いてきたナサニエルには返事をせず、唇を塞いでやった。
「…ッは、バーティミアスっ!」
息を切らせたナサニエルが顔を真っ赤にして叫んだ。上気した頬と潤んだ瞳で睨まれても凄みが全くない。
「誘ってるのか?」
「は?」
嘘だ、とナサニエルの額を指でつつくと、ナサニエルはさらに顔を赤くして小さな声で、ばか、と呟いた。全く、これだから調子が狂ってしまう。
「俺の為に生きろ、ナサニエル」
俺はナサニエルの耳元で囁いた。振り返るナサニエルの顔は見なかった。反論の声も聞かなかった。俺は、ナサニエルに背を向けたまま、小さな声で呟いた。
「俺もナサニエルの為に生きる」
そして、お前を守り続けよう。