桜の花弁はハートの形に似ている。ナサニエルは手のひらに乗った花弁を見て、そう思った。半歩後ろを歩くバーティミアスは、何も考えていなさそうに、ぼーっと曇天の空には似つかわしくない、桜の木を眺めていた。

「小僧、知ってるか?」

唐突に話しかけられて、ナサニエルは振り返る。何が?と素っ気なく答えると、バーティミアスは得意げな笑みを浮かべた。

「この桜の花弁、笛みたいに音が出るんだぞ」

そう言って、バーティミアスは人間離れした(と言っても、人間ではないのだが)身体能力を発揮して、降ってくる桜の花弁を何枚か掴んだ。

「こうして…ほら、な?」

美しい音ではないが、透き通った音が出る。そう言われてみれば、ナサニエルが苦手で仕方がなかった音楽の授業のときに、草花にも音の出るものがある、と言っていたような気がする。ナサニエルは自分も花弁を掴んだ。バーティミアスと同じように音を出そうとするが、すーっと空気の音がするだけで、笛には程遠い。

「…笑うな、バーティミアス」

必死に笑いを堪えているバーティミアスを見て、ナサニエルはむっとして言った。

「そうだったよな!お前は音楽だけは出来ないんだよな!!」

声をあげて笑うバーティミアスを無視して、ナサニエルは花弁を捨てて歩き始める。音楽が出来なくて困ったことは、今まで一度もない。それはたぶん、バーティミアスがいてくれるから。ピンチのときは、何度となく彼に救ってもらった。ナサニエルは、いつの間にか笑い止んで半歩後ろをついてくるバーティミアスを見る。そして、彼には似つかわしくない、物憂げな表情を浮かべているのに気付いてしまった。

「ロンドンに咲く桜に似ているな」

強く吹いた風が、桜の花弁を散らせた。



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テーマ「人外ファンタジー」
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