この心は永遠に伝えなくていいと思っていた。俺が伝えたところで、この関係がどうなるわけでもない。それ以前に、伝えたとしても、プトレマイオスが困るだけだ。俺はそう思っていたのに、何も躊躇うことなく、プトレマイオスはあっさりと言ってのけた。
「好きだよ、レカイト」
そう言って、プトレマイオスはいつもの調子で笑みを浮かべた。俺はむっと顔をしかめてから、ふっと鼻で笑ってやる。
「嘘だろ」
俺はプトレマイオスの顔を見られなくなって、さっさと背を向けた。本当は、こんなことを言いたかったんじゃない。俺は自嘲気味に笑った。
「嘘じゃないよ。レカイト、僕は君を愛しているんだ」
そんなことは分かっている。俺はプトレマイオスを突き放そうと必死だった。そうでもしないと、俺が可笑しくなりそうだ。今すぐにでも、プトレマイオスを抱き締めてしまいたいのをこらえて、俺は口を開く。
「俺は、好き、じゃない」
好きじゃなくて、愛している。それが心の底から言いたい言葉だった。でも、俺はそれを押し込めて続けた。
「分かっているだろう?お前さんが主人で、俺は奴隷の悪魔だ。そこに私情は挟めない。まして、愛なんて…駄目なんだよ」
俺はため息をついて、プトレマイオスに背を向けた。もしも、俺が人間だったら、なんて、プトレマイオスに出会ってから、考えることが多くなった。でも、そう考えても、結局はこの関係で良かった、というところで落ち着く。もし、俺が人間であったら、俺とプトレマイオスは出会えていなかっただろう。出会えていたとしても、今のような関係ではいられなかっただろう。俺はぎゅっと拳を握った。
「レカイト、お願いだ。君の本当の気持ちを教えてくれ」
「教える必要が、俺にはない」
俺は背中を向けたまま、静かな声でプトレマイオスに言った。窓の外では、濃紺の空に星が瞬いている。
「どうしたら、君は僕に本当のことを教えてくれる?」
プトレマイオスの悲痛な叫びにも俺は答えなかった。出来ることなら、本当の気持ちを言ってしまいたい。俺はこの場から逃げ出したくてたまらなかった。ゆっくりと窓に腰掛けて、足を外に投げ出した。
「バーティミアス、」
俺は思わず振り返ってしまった。プトレマイオスは泣いていた。
「僕は、こんなにも君を愛してる。僕は、君に愛してもらおうとは思っていない。でも、君が心を隠すのは違うと思うんだ」
「プトレマイオス…」
俺は窓から降りて、プトレマイオスを抱き締めた。嗚咽を漏らすプトレマイオスを何度か撫でて、顔を上げさせる。
「分かってるなら、聞くなよ」
「僕は君の口から聞きたかっただけだよ」
眉を下げて、困ったようにプトレマイオスは笑った。俺はその額に口付ける。やっぱり、プトレマイオスには弱いな、と俺は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「好き、じゃなくて、愛してる。…でも」
俺とお前は結ばれない、と言いかけたところで、プトレマイオスに口を塞がれた。
「関係ないよ。この事実だけで十分さ」
そう言ってプトレマイオスは泣き顔で凛と笑う。月光に照らされたその笑みは、どんな星空よりも美しく輝いていた。