小僧が最近、やたらめかしこんで出掛けるようになった。出掛ける、と言っても、どうせ行き先は決まっているのに、何故そんなにカッコつけて行くのか、意味が分からない。まぁ、邪な小僧のことだから、どうせかっこよく見られたいとか、そんなものだろう。単純なこと、この上ない。
「そのジャケット、似合ってないぞ」
俺は、朝の忙しそうな小僧に、寝そべりながら言ってやった。小僧を怒らせてやろうと思って言っただけで、ジャケットはとてもよく似合っている。
「え、変?」
鏡の中の自分を一瞬だけ見た小僧は、俺の言葉を欠片も疑わず、ジャケットを脱いだ。さすがの俺も、ここまでされると何だか申し訳なくなってくる。
「…すまん、嘘だ」
「変じゃない?」
「あぁ、よく似合ってるぞ」
俺がやっと体を起こしながら答えると、今度は、疑わしげに俺を見た。
「本当に、そう思ってるのか?」
「思ってる!」
「なら、いい」
そう言うと、小僧はジャケットを羽織り直して用意してあった、サンドイッチに手を伸ばす。俺は小僧が一口食べたのを確認してから、口を開いた。
「何でそんなにめかしこんで、仕事に行くんだ?面倒だろう」
「僕がしたいからしてるだけだ」
「お前も年頃だし、女にモテたいのか」
「それは違う!」
今まで静かにサンドイッチを頬張っていた小僧が、突然声を荒げた。動揺しているのか、もしくは、本当に別の理由があるのか。俺は、小僧とは逆に静かな声でたずねた。
「じゃあ、なんだよ」
「それは…」
小僧は話しづらそうに口ごもる。しばらく、俺は今日の天気のことやら、くだらない事を考えながら、小僧の次の言葉を待った。俺が今日の小僧の夕飯のことを考えていたときに、やっと小僧の口からはっきりした声が聞こえてきた。
「お前だって、僕がかっこよくいた方がいいだろう。お前が一番、僕の服装にケチをつけるんだから」
俺は考えていたことをすべて忘れて、大きく瞬きをした。…今、ナサニエルは何と言った?要するに、俺のため、と言っているようなものじゃないか。
「…阿呆。そうしたいなら、もっと早く起きろ。毎朝起こす俺の身にもなれ」
俺は、ナサニエルの顔を見ずにそう言ってやった。本日はすっきりとした曇天、今日の夕飯は少し気合いを入れて作ってやるか。俺は一人で笑みを浮かべた。