「お前は、カルメンのようだな」

突然、小僧が呟いた言葉の意味が俺には分からなかった。首を傾げて見せると、小僧はため息をついてから、何でもない、と言って、俺に背を向けてしまう。

「何が言いたいんだよ」
「何でも、ない」

何でもないわけがない。俺は小僧の背中にヘブライ語で悪態をついた。

「誰が腰抜けで、ヘタレで、根性無しの頑固野郎だって…?」
「何だ、理解できてたのか」

俺がへらりと笑って言うと、小僧もこれでもかと言わんばかりの勢いで、アラム語で暴言を吐く。

「俺様が低脳な悪魔だってことには、特に、意義ありだな」
「僕だって、いろいろ文句がある。今言ったのでは足りないほどだっ」

小僧は英語でまくし立てると、しばらく黙りこんでから、はぁとため息をついた。

「お前は、こうやって僕を惑わせる。だから、カルメンのようだと言ったんだ」

そう遠い目をする。全く、小僧が言いたいことが分からない。俺はどんな反応をすればいいのか。俺が小僧を見ても、小僧は俺と目を合わせる気が無いらしく、答えをくれそうもない。今度は俺がため息をつく番だった。

「俺がカルメンなら、お前は哀れなホセか…」
「僕は名前の無い、過去にカルメンに惑わされただけの男だよ。カルメンに振り向いてももらえなかった、ね」

小僧は俺の呟きに、目を合わせないまま答える。それから、小僧は天井を仰ぎながら続けた。

「愛していたカルメンは、あっという間にホセに奪われ、エスカミーリオにまで奪われた。…いや、もしくは、男がカルメンに出会うずっと前から、カルメンの心は誰かのものだったのかもしれない」

俺はぼーっと小僧の言葉に耳を傾けていた。そして、結論が出た。俺は、何があろうとカルメンにはなれない。理由は、一つ。

「カルメンの心が一ヶ所に留まることはない。だが、俺の場合、ずいぶん長い期間一ヶ所に留まっている」

俺が言うと、やっと小僧は俺を見た。しっかりと視線が絡まる。俺はゆっくり小僧の傍に寄った。

「それも、名前の無い、過去に惑わされただけで、振り向いてももらえなかったと思い込んでる男に」

そんな男にカルメンはご執心さ、とおどけて言ってやると、小僧の全ての動きが、瞬きでさえ止まる。目の前に来た俺が、小僧の頬に触れると、小僧は我にかえったように、口を開いた。しかし、その声は出ない。

「俺は心までジプシーになれない。だから、俺はカルメンにはなれない」

俺はそう言ってから、ナサニエルの額に口付けた。恋は野鳥、あなたが好きじゃないなら、私が好きになる。私が好きになったら、用心することね。…俺が、お前から離れられなくなるから。捕らえられてしまうカルメンなんて、聞いたことがない。




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