ふとした瞬間に、バーティミアスは思い詰めたような表情になる。それは以前にバーティミアスが仕えていたある人物を思い出している時に見せる表情であることを、ナサニエルは知っていた。それでも、ナサニエルはバーティミアスを愛し、バーティミアスもまた、ナサニエルを愛している。主人と妖霊、いつ壊れるとも知れない関係ではあったが、二人は互いを深く想い合っていた。だが、ナサニエルはバーティミアスがある人物を忘れられていないことも、未だにその人物を想い続けていることも知っている。たとえ、その人物がもうこの世に居なくても、自分がバーティミアスに横恋慕していることは理解していた。妖霊は常に主人を貶め、喰らってしまえるチャンスを狙っている、とどのような本にも書いてあったが、今のナサニエルにはどうでもよかった。ただ、自分がバーティミアスを愛している、という事実だけで十分だったのだ。その事実さえあれば、どんな天罰でも受け入れられる、とナサニエルは考えていた。
ナサニエルは窓際で物思いに耽るバーティミアスに近づく。ナサニエルがその髪に触れると、バーティミアスは困ったように笑って、ナサニエルを見た。

「今日は、寒いな…」
「…あぁ、そうだな」

ナサニエルはそれだけ返すと、バーティミアスの髪から頬に手を滑らせる。窓の外では、しとしとと雨が降り続けていた。

「何だよ…」
「…好きだ、バーティミアス。愛しているんだ」
「あぁ、知ってる」

そこでバーティミアスは一旦、言葉を切って、ナサニエルの漆黒の瞳を見つめ返した。

「俺も、だ」
「…あぁ、知っている」

ナサニエルはゆっくりと瞳を閉じて、バーティミアスに口付ける。少し開いた唇の間を、当然のようにバーティミアスの舌が滑り込んでくる。重なったナサニエルの唇からは、甘い吐息が漏れる。深いキスの合間に、ナサニエルがふと瞳を開くと、バーティミアスと視線が絡んだ。バーティミアスが楽しげに目を細めたのを見て、羞恥心が途端に増したナサニエルは慌てて視線をずらした。その視線の先には、ロンドンには珍しい雲の切れ間があり、そこから少しだけ青空が覗いている。恐る恐る、もう一度視線を戻したナサニエルは、バーティミアスを見ながら、彼の心がナサニエルにみ向いていないことに気付かないフリをして、再び目を閉じた。
しばらくして、唇が離されたとき、ナサニエルの表情は泣きそうに歪んでいた。

「ナサニエル…?」
「その名前で、呼ぶな」

ナサニエルは声を絞り出すように、叫んだ。そうでもしなければ、ナサニエルの心が壊れてしまいそうだったから。バーティミアスの心まで求めてしまいそうだったから。強く握った拳に、不意に温もりが触れた。

「泣きそう、」

バーティミアスの褐色の指がナサニエルの目元を拭う。

「別に、泣かない…」

ナサニエルは優しく触れる、バーティミアスの指を振り払った。しかし、バーティミアスの手に包まれていた方の手は、ナサニエルが強く握り返した。

「今日は、天気がいいな…」

ナサニエルは窓の外を見つめて呟く。それにバーティミアスは、何も返事をせず、ナサニエルと繋いだ手に力を込めるだけだった。
降りしきる雨は、今のナサニエルの心に似ている。誰にも知られないように、二人以外の他の誰にも立ち入られないように、ナサニエルは口を閉ざしていた。バーティミアスが誰を想っていようと、それほど大きな問題ではなかった。ただ、ナサニエルはバーティミアスと繋いだこの手を、バーティミアスを離さなければ、それだけでよかった。



U/V/E/R/w/o/r/l/d シ/ー/ク/レ/ッ/ト
イメージ小説


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -