俺は小僧を遠くから眺めていた。ダークグレーのスーツと短い髪は、嫌でも誰だかわかってしまう。迎えに来いと命令されたから迎えに来たが、小僧は俺に気付くことなく、ひたすら他の官僚のやつらと話していた。仕事馬鹿の小僧のことだ。どうせ、仕事の話をしているに違いない。だいぶ待つことに飽きてきていた俺は、小僧を眺めながら、ため息をついた。小僧は説得しているのか、身振りがどんどん大きくなる。そして止まった。それから、笑みを浮かべる。その笑みに、俺は何故かイラっとした。きっと待ちすぎているせいだ、と自分に言い聞かせて落ち着こうとしたが、気付けば俺は姿を変えていた。目を見張るような、美女になれていればいい。そう思いながら、俺は高いヒールの踵を鳴らして、小僧に近付いた。

「えぇ、ですから…」

小僧の言葉がそこで途切れて、目を大きく見開いて俺を見る。他のやつらも俺の姿を上から下まで舐めるように見ていたが、そちらはどうでもよかった。俺は脇目をふらず、小僧だけを見つめて、そっと耳打ちをした。別に大したことは言っていない。ただ、俺だ。早く帰りたいから帰るぞ、とだけしか言っていないのに、小僧は顔を真っ赤にした。…俺だと気付いていなかったらしい。上出来だ。俺は心の中でほくそ笑んだ。

「マンドレイク…今日は、もういい。この話はまた後日にしよう」

腹回りがだいぶでっぷりした男が、俺から目を離さずに言った。

「いえ、わたしはまだ…」
「女性を待たせるものではない」

小僧の言葉は届かなかったらしく、その場にいたやつらはみんな散り散りに散った。俺はその背中に、勝ち誇った笑みを浮かべてやる。

「…仕事の話をしていたのに、何でお前は空気も読めないんだ」

しばらく黙っていた小僧がやっと口を開いた。当然お叱りの言葉が来ると思っていたから、別に驚きはしない。俺は腰に手をあてて、片足に重心をかける。

「俺は空気と火で出来てるからな、空気なんて俺の一部だ。読めるわけないだろ」

女の口から出ないような、言葉遣いで敢えて言ってやった。いつもは、姿に合わせて口調も変えるが、今は小僧の前、取り繕う必要がない。だから俺は、いつもの俺を晒け出した。

「答えになってない!!」

小僧が声をあげてから、思い出したように、はっとして、少し小さくなる。

「知るか!だいたい、お前が俺に迎えに来いと命令したんだぞ?だから、俺は迎えに来た。ただ、それだけだ」
「だからと言って、あの状況で、そんな姿で迎えに来るか?」

もう一度、小僧は俺を見てから、さっと顔を背けた。心なしか、小僧の頬が赤い気がする。さっきの小僧の笑顔がふっと浮かんで、俺はむすっと顔をしかめた。

「お前が、あんな奴らに微笑みかけるから、イラっとしたんだよ!」
「…え?」

勢いで言ってしまった。ぽかんとして顔を上げた小僧と目が合ってしまう。慌てて目を反らして、俺は小声で続けた。

「いっ、今のは無しだ!」

さっさと帰るぞ、そう言って、俺は小僧の手を繋いで引っ張った。本当は、ナサニエルが誰かと居ることも許せない、俺以外の誰かと話すことも許せない。だが、俺はそこまでナサニエルを束縛出来ない。俺はただ、この繋いだ手が離れて、ナサニエルが何処かへ行ってしまうのが怖いだけなのだ。振り返ってナサニエルを見ると、むっとしたまま、俺に手を引かれるがままになっていた。端から見たらきっと、あのマンドレイクが…とかなっているのかもしれない。そう考えたら笑えてくる。ふっと笑いを溢すと、ナサニエルが眉間のシワを深くした。

「何が、可笑しい?」

仏頂面で言ったナサニエルは、俺を見てまた頬を赤く染める。その姿に俺は、再び笑みを浮かべた。

「何でもない」

俺はジョン・マンドレイクではなく、ナサニエルに戻っていた小僧に言ってやった。




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