※最後の方がナサバっぽいけど、バナサ







「あ」

朝の慌ただしい時間に、小僧が突然声を上げた。バケットサンドを片手に、間の抜けた声。しかも、口の端にパンのくずがついている。カッコ悪いったらありゃしない。

「どうした」

俺は仕方なく、眉間にシワの寄ったままの小僧に声をかけてやる。すると、シワをさらに深くして、唸るように声を出した。

「ネクタイ、今日は絶対していかなきゃならないんだった」

そんなことかよ。俺は小僧を無視して、荷物を取りに階段に足をかける。

「バーティミアス、」

せっかく、さっさと仕事を終わらせようと思ったのに、小僧に呼ばれて俺は足を止めた。

「ネクタイを、選んでくれ」
「はぁ?何で俺が」

小僧はバケットを頬張りながら、忙しいから、とだけ言った。

「それに、今から上に上がるんだろう」
「まぁ、そうだが」
「…命令だ」

そう言われちゃ仕方ない。俺は一旦階段から離れて、小僧に近付く。顎に手を添えて、親指で口の端を拭ってやった。顔を上げると、驚いて固まった小僧と目が合う。

「なッ…」
「付いてたぞ、パンくず」

俺はそう言って、さっさと小僧に背を向けた。後ろでは皿と皿が触れ合う音がした。

小僧の部屋に上がった俺は、一人で頭を抱えていた。人一倍見た目に拘る小僧は、実はそんなに衣装持ちではない。だから、逆になのだ。数少ないところから、選ぶ方が大変な気がする。しかも、色がはっきり違えばいいのだが、少しずつしか違わない、グラデーションのように並んでいる。俺は、並んだネクタイとにらめっこを続けた。あまり時間をかけるわけにもいかない。

「…文句は、受け付けない」

俺はそう呟いて、勢いよく一本を引き抜いた。


「ご命令通り、ネクタイを選んで参りました、ご主人様」

俺は下りて早々、皮肉を込めて言ってやった。バケットを食べ終えたらしい小僧は、優雅に紅茶を片手に振り返る。今度は、パンくずは付いてない。俺が確認しているのと同時に、小僧は紅茶をテーブルに戻した。

「…ありがとう」

小僧はそう言って、俺からネクタイを受け取って、慣れた手つきで結んでいく。俺はついぼーっとしてしまった。何でかって?小僧が素直だからだ。

「バーティミアス…」
「うお?なんだ?」
「今、僕が素直にお礼を言ったから気持ち悪いとかなんとか思っているんだろう」
「気持ち悪いとまでは思ってない」

俺は、小僧に鞄を押し付けて言った。

「僕だって、そういう気分になることくらいある」

押し付けられた鞄を受け取ると、小僧は屈んで靴紐を結び直す。俺はその一連の動作をずっと見つめていた。小僧は靴紐を結び終えると、俺と視線を合わせて、一瞬だけ微笑む。

「今日はちょっと遅くなるかも。…いって、きます」

それだけ言って、小僧は俺に背を向けた。そして、俺は何も言わずに小僧を送り出すつもりだったのに、俺の手は小僧の手を掴んでいた。掴んだ手を引き寄せて、何?と言いかけた小僧の唇を塞ぐ。それは、一瞬の出来事だった。

「いってらっしゃい…」

俺は小僧の目を見て送り出す。遅刻するぞ、と背中を押すと、小僧は時計を確認して、慌てて家を飛び出した。小僧に選んだミッドナイトブルーのネクタイが小僧に合わせて、少しだけ揺れた。





*****
ミッドナイトブルーに特に意味はない。ただ、響きが好きだっただけ


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