帰ってくるなり、小僧は顔面からベッドに飛び込んだ。こりゃあ、俺にもとばっちりが来そうだな。そう思って、そそくさと部屋から退散しようと、クモに姿を変えた。しかし、俺の脱出の願いは叶うことは無かった。

「バーティミアス、」
「…何だ」
「本、本を取ってこい」

突然何を言い出すかと思えば、本を取ってこいだと?今じゃなくても良いだろう、と俺が言うと、小僧は枕に顔を埋めたまま、今必要なんだ、とだけ言った。

「どうしても、今必要なのか?」
「…あぁ。書斎の机の上にある」
「タイトルは?」
「Ptolemy's Gate」

俺は何度か瞬きをした。しかし、すぐに切り換えて、クモから今時の服装をした、プトレマイオスの姿に変身した。

「僕は疲れているんだ。バーティミアス、命令だ。取ってこい」
「わかりましたよ、ご主人サマ」

腰に手を当ててため息をつくと、既に小僧は夢の中だった。もう一度ため息をついて、サイドテーブルにあった占い盤を持って、書斎に下りた。

俺が小僧の部屋を出た瞬間に、チビインプは俺の手の中から捲し立てるように喋り出した。

「ねぇねぇ、君たちってどこまでいったの?やっぱり、いけるとこまで、いってるんでしょ。何だか、君たちを見てると、怖いものなんて何もない気がするよ。…って、ねぇ、聞いてる?おーい!…そういえば、ずっと言おうと思ってたんだけど、君たちって似てるよね」
「あ?今何て言った?」

ほとんど息継ぎもせずに話していた、インプの言葉を遮る。そこで、ちょうど書斎へ到着した。

「だから、ボクは君たちが似てるって話をしたの」
「どこが、俺と小僧が、似てるって?」

俺は机の上に積んである本の背表紙をチェックしながら聞き返す。インプはくすくす笑って、わざとらしくうーんと考えているような声を出した。早く言え、と一瞬だけ手を止めて、占い盤に向かって言うと、インプはニヤニヤと笑って俺を見る。俺は睨み返した。

「あと、5秒以内に言え。…5、4…」
「あー、分かった、分かったから…。例えば、この可愛いボクを捲し立てられるところとか、自分に素直じゃないところとか…とにかく、雰囲気が似てるんだよね。どう?これでいい?」

どうだ、と言わんばかりの笑みを浮かべた。それと同じぐらいに俺は、分厚い牛皮紙の本の間に、薄っぺらいPtolemy's Gateと書かれた本を見つけた。慎重にそれだけを抜き出すと、一旦、本の山の一番上に置き直す。今すぐ戻っても、小僧は夢の中だろう。起こして小言を言われるのも面倒だから、俺は少しの時間ここに居ることにした。しばらく、俺の様子を見ていたインプは、得意になって続ける。


「君たちはお互いに主人と従者の主従以上の感情を抱いてるところも似てると思うよ。好きとか、それ以上の…って、ちょっと!!クッションの間に挟まないでよ!!ボク今、いいこと言ったでしょ?ねぇ?」

まだ大きな声で文句を並べ立てているインプを無視して、俺は窓の外を見上げた。インプの言っていることは、間違っていない。間違っていないからこそ、気に障るのだ。現に俺は小僧に、ナサニエルに惹かれてしまっている。それに、自惚れているわけではないが、ナサニエルも俺に普通は抱くことのない感情―まぁ、要するに、恋慕の情―を抱いているのも知っている。さらに言ってしまえば、互いにその感情を抑えるのも難しくなっているのもわかる。今日のことがいい例だ。だが、俺は一度もナサニエルと俺が似ていると思ったことは無かった。ため息をついて、物思いに耽っていると、インプがねぇねぇ!と五月蝿くわめきたてる。俺は仕方無くクッションの隙間から出してやった。

「ほら、そろそろ君の愛するご主人様のところに戻ってあげなよ。君の帰りを待ってるよ」
「本の到着だろう」
「きっと、君の帰りの方が楽しみなんだと思うよ」
「ちょっと黙ってろ」

俺がそう言っても、当然インプが黙るわけはない。それを適当に流して、本を持った。プトレマイオスが俺たちの為に書いた本をナサニエルが読む。なんだか面白い。いや、それ以上に、プトレマイオスとナサニエルがこんな風に繋がるのが面白い。

「何か君、楽しそうだね」
「気のせいだ」

俺はそれだけ言って、占い盤と本を持った。この、Ptolemy's Gateで、小僧がもう少しだけ、俺を知ってくれたらいいのに。俺はそう思いながら、書斎を後にした。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -