「なぁ、まだかぁ?」
まだ、と呟くように言った小僧は、ケーキとにらめっこを再開する。ここに来てから、かれこれ30分位経つ。さっき俺が、どれも同じだろうと言ったら、小僧に10分程度の説教を喰らった。まぁ、その説教はまだまだ続きがありそうだった。
「フォンダンショコラも捨てがたいが、ベリータルトも捨てがたい。でも、無難にミルフィーユという手もあるか…」
ブツブツと独り言を言いながら、小僧は鼻先をショーケースに擦り付ける。
「お前は、どれがいいと思う?」
「は?」
急に話を振られて、ぽかんと口を開いた。まさか小僧が俺に聞くとは、欠片も考えていなかった。俺は、シャツの襟を整える。
「俺は、お前の好きにしたらいいと思う」
別に俺は食べないからな。正直なところ、関係ない。早く帰りたい。小僧は俺のつれない返事を聞いて、思い立ったように立ち上がった。
「えーと、フォンダンショコラとベリータルトとミルフィーユ…それから、シュークリームとミルクレープ、ロールケーキを全て一つずつ」
「…おい」
「何だよ」
「全部一人で?」
「あぁ、もちろん」
小僧は当然のごとく言ってのけた。そんなに大量のケーキ、考えただけで成分が無くなりそうだ。ぞっとする。
そうこうしている間に、小僧はケーキの詰まった箱を、にやにやしながら受け取った。
「帰るぞ、バーティミアス」
「あいよ」
自分では厳しく言ったつもりらしいが、小僧の顔はしまりがない。俺がドアを開けてやると、今にもスキップでもし出しそうな勢いで外へ飛び出した。外は刺すような寒さだ。小僧の短い機嫌は長続きしない。ケーキの箱を片手に、小僧は悪態をつく。
「寒い…」
「ケーキのことでも考えてろ」
本当に実行しているのか、小僧は黙った。俺も無言で小僧の手から、ゆっくりと箱を奪う。しばらくの無言の後、箱を持っていない方の手に、ひやりとした感触がした。そちらを見ると、ナサニエルの手が俺の手を握っている。
「気に、するな」
「別に、俺は何とも」
そんなのは嘘だ。心臓があるとしたら、鼓動がどんどん速くなっているところだろう。
「ケーキと俺のことを考えろ。少しは寒さが和らぐ」
その言葉を聞いたナサニエルは、さりげなく俺にくっついた。たまには、寒さもいいかもしれない。俺は、一人嘆息した。
「帰ったら、すぐ紅茶を淹れてくれ」
「わかりました、ご主人サマ」
俺は大げさに言ってやった。寒さはまだまだ続きそうだ。