今日はバレンタインという日らしい。主が一週間ほど前に、異世界のイベントの話をしてから、城内がそわそわしている。男性が女性に花を贈ったり、また、女性が男性にチョコレートを贈る習慣がある地域もあるそうだ。日頃の感謝や想いを告げる日である。
 そんな理由から、夜も更けたこの時間でも、普段より多くの人間が行き来している城内を、ギュンターは一人だけ落ち着いた足取りで歩いていた。手には、綺麗なブルーの布でラッピングされた、ワインの瓶を持っている。階段を上りきり、主の部屋の前で足を止めた。控えめに二回、扉を叩く。入れ、と言う声が聞こえて扉を開けた。

「失礼いたします」
「ギュンター、待ってたぞ」

 主は一度もギュンターの方を見ずに、そう言う。視線はじっと広げられた地図を見ている。ギュンターはその場で、何となく足を踏み変えた。

「何となく見てただけだから、邪魔したとか思わなくていいぞ」

 そうレインは破顔すると、地図を机の脇に片付ける。そして、ギュンターに自分と向かい合う椅子を進めた。

「やっと、二人になれたな」

 ギュンターが椅子に座ると、レインは穏やかな笑みを浮かべて言った。

「朝からチビに捕まって、セルフィーやらシルヴィアだろ? ノエルに、セノアにまで捕まってたんだ。今日は、お前と話した記憶もない」
「当然でしょう」

 ギュンターは複雑そうな表情で頷く。膝の上に抱えた瓶を抱え直した。この主の鈍感ぶりにはある意味で尊敬する。彼女たちに同情するのと同時に、今だけは優越感にひたる。ギュンターはそっと持っていた瓶を差し出した。

「今日は日頃の感謝を示す日だと伺いました」

 ギュンターがレインの顔を見られずにいると、手を伸ばしたレインがギュンターの顎をついと持ち上げる。レインの黒い瞳と視線がかち合った。

「感謝、だけか?」
「い、いえ……愛も、でしたか」

 少しだけ視線をさ迷わせてから、言ったギュンターに、よくできました、とレインが目を細めて、頭を撫でる。その黒い髪に口付けると、次は頬に口付けた。

「……っ、レイン様」

 ギュンターは視線を彷徨わせてから、やっとレインを見る。

「そんな目で、見るなよな……。おいで、ギュンター」

 椅子から立ち上がったレインは、ギュンターの手を引いた。半ば飛び込むような形でレインの胸に収まったギュンターは、所在無さげに身を捩る。しかし、それも出来ないほどに、レインに抱きすくめられる。

「お前の気持ちは、どっちだ?」

 感謝か愛か。そう問われたギュンターは、一度開きかけた口を閉じて、レインの唇に重ねた。

「言わせるのですか」
「お前の口から聞きたい」

 レインの親指がギュンターの唇をなぞる。それにつられるように、ギュンターがもう一度唇を開いた。

「心は、レイン様だけのものです」

 素直じゃ無いなあ、と笑ったレインは、ギュンターの額、瞼鼻、頬、最後に唇に口付けを落とす。そして、頬を擦り寄せてから、柔らかい黒髪を撫でた。

「ワインより先に、しておくことが」
「……何でしょうか?」
「言わせるなよ」

 抱き締めたままのギュンターに、レインは微笑みかける。

「愛してるよ、ギュンター」
「ええ、私もです」

 今度はギュンターから、レインに唇を寄せた。感謝の気持ちと愛を込めて。




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