此の世界に判らない事は沢山ある。例えば、人は何故生まれるのかとか、死んでいくのかとか、思考回路は何処にあるのかだとか、考えるのは本当に脳の役割なのかだとか、何故死は至高の美を誇っているのかだとか、挙げていったら切りが無い。本の頁を捲っていても、本は教えてくれない。只、文字が並んでいる丈。そう思いながら、いつの様に川に飛び込んでみたものの、判る筈も無く、唯いつもの様に陸に引き揚げられた。引き揚げられた所には、同僚である名探偵が居て、けらけらと笑ながら、自分を眺めていた。そして、冷えた衣服を乾かす為に、二人で公園の椅子に腰掛けて居る、という訳だ。

「知らない事が多いなあ」

 太宰が呟いた言葉は、隣に居る乱歩に吸い込まれた。

「そうだねぇ、君は知らない事が多いね」

 如何したら判るでしょうか、と投げ掛けた太宰に、乱歩は笑みを深める丈で何も言わない。それに太宰はふう、とため息をつく。

「乱歩さんは知ってますか?」
「ウン、知っているよ」
「まだ、何も聞いていないのに」
「君が何を聞こうとしているかなんて、すぐに判るよ」

 僕は名探偵だからね、と言った乱歩に、太宰は微笑んだ。乱歩は太宰を少し見てから、よいしょ、と言う掛け声と共に立ち上がる。

「君は今、君が何故此処に居るか、問おうとしたね」

 乱歩の言葉に、太宰は一瞬目を見開いた。しかし、其れはすぐに苦笑に変わる。

「乱歩さんは答えを知っているのでしょう?」
「ウン、さっきも言ったよ。でも、君には教えない」

 太宰は、残念です、とさほど残念でも無さそうに瞳を伏せた。それに、乱歩は少し微笑むと、そういえば、と口を開く。

「僕にも、判らないことはあるよ」
「嘘でしょう」

 太宰は、乱歩さんに判らない事があるわけが無い、と笑って言った。それに、乱歩は帽子を深く被り直して、笑う。

「例えば、僕が此処に居る理由、とかね」


たとえば、僕がここにいる理由、とかね
(自分の事は、良く判っていないんだ)



Title by: 女王さまとヤクザのワルツ
(たとえば、ボクがここにいる理由、とかね)




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