今日も任務でこき使われた。最近面倒な任務が増えたなア、と中原は弁当屋で買った弁当を片手に提げて、寒天の下を歩く。自宅までの道程は其れほど無いが、夜も更けた冬の外は大分冷え込む。早く帰ろうと、自然と歩みも早くなる。ふと、見上げた自宅の窓に明かりが灯っているのを見付けた。自宅を知っている者は、そう何人も居るものでは無い。ましてや、自宅に入ることの出来る者は、思い当たる所、一人しか居ない。真逆、と思った中原は、自宅まで駆け足をした。

「お帰りなさい」

 戸を開けた途端に聞こえた声に、中原はやっぱりな、と眉間に皺を寄せる。が、それは直ぐに複雑な表情に変わった。ほっとする、温かい煮物の匂いがする。こんな匂いが自分を待っていたことは、何時振りだろうか。だが、中原は絆されて了いそうな心を鬼にした。玄関の戸を後ろ手に閉めると、自分よりも幾分高い相手を見上げる。

「如何して手前が、此処に居やがる? 梶井」
「中原さんが、お疲れかと思ったので」

 睨み付けた所で、全く動じない、といった風に、梶井は中原を見、直ぐに鍋に視線を戻す。色の付いた眼鏡は光を反射して、表情が見えない。何か云い掛けた中原は、口を閉じた。

「お風呂も沸かしてありますよ」

 鍋を見たまま云う梶井に、中原はため息をついて、頭を掻く。話に進展は無い。

「はぁ……有り難う、な」

 悪い事は何も無い。強いて云うなら、無断立ち入りという事くらいだろうか。それでも、家事をしてくれて居る者に文句は云えない。中原は素直に礼を述べると、荷物を床に置いた。

「ほら、早く入ってきてくださいよ」

 もたもたと上着を脱いだり、着替えを用意したりしている中原を見かねて、梶井は中原を見る。其れに、嗚呼、と返事をすると、直ぐに風呂場へと向かった。
 中原が風呂から上がると、殺風景な部屋にぽつんとある机に、煮物と味噌汁と和え物が並べられていた。台所から、上がったんですね、とにこやかな梶井の顔が覗く。

「お夕飯の準備、出来てますよ」
「おう」

 梶井は二人分の茶碗にご飯を盛ると、中原に座るように示した。中原は其れに従って、我が家であるはずなのに少々の居心地の悪さを感じながら、座布団に座る。程無くして、梶井も中原の正面に座った。

「どうぞ」

 何方が此の家の主か判らない。だが、そんなことも気にせずに、中原は丁寧に手を合わせる。

「いただきます」
「はい」

 朗らかに微笑んで返事をした、梶井を見てから、箸を持って、味噌汁を一口。

「う、美味い」

 善かったです、と笑った梶井も手を合わせると、煮物を頬張った。

「手前は何でも器用にこなしやがる」
「中原さんだって」

 それから、二人は暫く黙々と箸を動かす。中原は買ってきた弁当の存在を思い出したが、無駄にしたな、とあっさり思う丈で、それ以外は何も感じなかった。とりあえず、今は美味しい物、と云うより、別の人間と食卓を囲んでいる、と云う事実が中原の気持ちを穏やかなものにしていた。

「何で、此処に居るんだよ」

 箸を置いた中原は、思い出した様に呟く。既に、問い詰めるつもりも、責めるつもりも無かったが、つい口をついて出た。

「居たいからですが」

 まだ箸を持って、ゆっくりと味噌汁を啜る梶井は、あっけらかんと言う。其れに中原は、ため息をついた。ごろん、とその場に寝転がると梶井が、牛になりますよ、と大真面目な声色で指摘をする。

「手前とは話してても進まねぇ気がするな」

 聞く耳持たずの中原は、横になった儘、天井を仰いだ。何の色気もない、白い蛍光灯がぶら下がっている丈の天井は見ていても何も面白くもない。何度目かのため息をつこうとした時、梶井が箸を置く音がした。

「研究に行き詰まって了って」

 梶井の、全てを吐き出す様な声が聞こえる。

「そうか」

 中原は動かずに、素っ気なく其れ丈を返した。食卓の上で、食器を重ねる梶井の白い手がちらちらと見える。梶井は其れを全て重ね終えると、台所まで運んだ。台所から戻った梶井は、中原の隣に膝を抱えて座る。

「一向に答えが見付から無い……と言うより、答えが見え無いのです」
「手前ともあろう研究者が、そんな事も在るのか」

 梶井の悩みに、中原は本当に驚いたように、顔を上げた。蛍光灯が反射した眼鏡は、梶井の表情を隠す。

「僕も驚いたのですがね、中原さんなら、答えを知っていると思ったのですよ」

 梶井の申し出に、中原はきょとりと目を瞬いた。半身を起こすと、顎に手を当て、考える仕草をする。

「手前に判らないことが、俺に判るとは、到底思えねぇが」

 考えた挙げ句出した結論を伝えると、梶井は中原の顔を正面から見つめた。

「否、貴方は答えを知っています」

 やっと見えた眼鏡の中の瞳は、真っ直ぐに中原丈を捉える。梶井の右手は、中原の右手を取った。

「は? 手前……梶井……?」

 不思議そうに眉間に皺を寄せる中原には、何も言わずに、梶井は其の右手に接吻る。中原は、その答えを、知っていた。

すべての真実を僕にください
(すべての真実を俺によこせ)




Title by:女王さまとヤクザのワルツ



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