目の前を歩く後ろ姿を見つめる。海沿いの道を歩いている為、いつもよりも幾分風が強い。一層強く吹いた風が、乱歩の外套を煽る。

「寒くなったね」

 足を止めて、海を見た乱歩が呟いた。それに、そうですね、と同じ様に海を眺めて返す。ごう、と唸る風が再び強く吹いた。

「早く帰りましょう」

 ウン、と頷く乱歩の手を、太宰は然り気無く繋ぎ取る。その細い手は、氷の様に冷たい。

「乱歩さん、寒いでしょう」
「だから、そう言ってるじゃない」

 そうでした、と太宰は乱歩の手を引いて、身体を抱き寄せた。

「何するの」

 あまり驚いた様子も無く、乱歩は太宰の胸を押し返す。乱歩には太宰の行動全てが読めていたのだろう。乱歩が驚かないのと同じ様に、太宰も驚かない。

「寒そうだったので」

 つい、と言うと乱歩は、アそう、と言う丈で、口を噤んで了った。音が、消えた。正確には、二人分の心臓の音だけが聞こえている。海の音は、風の音は、何処かへと、消えて了った。




いつの間にか消えた音

Title by:女王さまとヤクザのワルツ




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