何れ、人は居なくなる。儚く消えて、徐々に人々の記憶からも薄れていく。永遠を誓っても、何時かは離れ離れになるのだ。
「居なくならないで下さいね」
公園の椅子に座って冷たい外気に当たって居ると、左隣の太宰が空を見て呟く。何で、と乱歩が問えば、太宰は困ったように笑った。
「乱歩さんが、居なくなったら、困ります」
この異能が必要だから? と言う乱歩に、太宰が直ぐに、違います、と答える。乱歩さん自身が大切だからです、と続けた太宰に、乱歩は何も言わない。乱歩はただ、海に浮かぶ大きな船を見ていた。
「乱歩さんは、何処かへ行って了いそうだから、ちゃんと言っておかないと」
「太宰には言われたくなかったよ」
乱歩は直ぐに反論する。強く吹いた風に、帽子を押さえた。この風ではあっという間に飛ばされて了いそうだ。乱歩は立ち上がると、太宰を見る。
「何れは居なくなるよ、僕も君も。でも、太宰はきっと、僕よりも先に居なくなるんだ。僕なんか置いて」
空を仰いだ乱歩は、消えそうな声で言った。乱歩はもう一度太宰を一瞬だけ見ると、すぐに目を反らす。
「消えて了いそうなのは、君の方だよ」
乱歩の細い瞳が僅かに揺れた。こんな風の強い日は随分と冷え込む。太宰は何も言わずに、乱歩の冷えた手を繋ぎ取る。何、と繋がれた手を見た乱歩が眉をしかめて言った。手の冷たさが、そこに人が存在していることを証明している。
「私が消えないよう、乱歩さんは私の手を握って居て下さい」
乱歩の手を、両手で包み込むようにして握った太宰は、にっこりと告げた。乱歩は呆れたようなため息をつく。太宰の手の温もりが、乱歩を溶かしていく。わかっていないような顔をして、全て見えている。その癖、掴み所がないのが、この太宰という男だ。乱歩は太宰の手の中から、自分の手を引き抜いた。
「嫌だよ」
顔も見ずに言った言葉を聞いて、太宰は呆けたように、え、と言う。そんな太宰を見もせずに、乱歩は言葉を続けた。
「君が僕の手を握って居ればいい」
照れ臭そうに、目は反らされたまま、手だけが差し出される。一瞬躊躇った太宰は、素直でない言葉に微笑んで、その手を握り締めた。
何れ居なくなるときまで、ずっと貴方の手を繋いで居ましょう。
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