とくとくと速いビートを刻む鼓動に身を任せて、セシルはカミュに唇を寄せた。
そもそも、なぜこんなことが起こっているかと言うと、30分ほど前に遡る。
「全く、どういうことだ」
いつものように、しかめ面をしたカミュが腕組みをして、正座をするセシルを見下ろした。
「今日は早く帰れと言っただろう」
時計は日付を跨いだ、10月31日の1時を差している。今日はハロウィンであり、正座をさせられている、セシルの誕生日でもある。カミュはせめてもの優しさとして、ソファの上に正座をさせていたが、帰ってきてすぐに始まり、既に15分以上経っていた。ごめんなさい、とセシルは小さな声で謝罪をする。しかし、カミュは目を瞑ったまま、なにも言わない。
「あの、カミュ……足が……」
「足が何だ。日頃の鍛練が足りんから、そういうことになるのだ」
静かに言ったカミュに、セシルは反論しようとした口を閉ざす。カミュの眉間のシワが深くなったからだ。他に何か言われるのを避け、俯いて足の痺れに耐えるのがやっとだった。
しばらくの間沈黙が続き、時計の音だけが部屋に響く。セシルが痺れを切らして、足の痛みに呻くのと同時に、カミュがため息をついた。
「正座を解け」
一刻も早くと願っていたことであったが、突然そう言われても、痺れたままの足は、なかなか言うことを聞いてくれない。立ち上がろうとして、盛大によろめいてしまった。だが、倒れると思ったその体は、カミュに受け止められた。複雑そうな表情をしたカミュは、セシルをソファに座らせると、キッチンへと入っていく。カミュが戻って来るまで、セシルは何度か自分の足に触れてみたが、少しずつ痛みが弱まっているのがわかった。
「愛島」
呼ばれた声にセシルは足を見ていた顔を上げる。そこには小さなホールケーキを持ったカミュが立っていた。
「溶けてしまったらどうしてくれるつもりだ」
ぱっと表情が明るくなったセシルを見て、カミュは視線を泳がせる。セシルは、まさか自分の先輩が自分のためにこんなことをしてくれるとは思っていなかった、むしろ誕生日など覚えていてくれないと思っていたため、とても驚いた。
「カミュ、カミュっ!」
感激気味にそう名前を呼ぶと、テーブルの上にケーキを置いたカミュに、押し倒さんばかりの勢いで抱き付いた。
「お前が遅いから、少し計算が狂っただろう」
「ごめんなさい、カミュ。ありがとうございます」
嬉しそうにすり寄るセシルの頬を一筋の雫が伝う。カミュは困ったようにセシルの頭を撫でると、自分も少し微笑んだ。
「今日だけは仕方ない。明日からは、容赦しないぞ」
「はい!」
「誕生日、おめでとう」
そう言ったカミュに、セシルはとくとくと速いビートを刻む鼓動に身を任せて、唇を寄せた。
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