過去の記憶にはない存在。そして、過去の記憶にはない想い。彼について記憶しているのは、名前と容姿と魔法、そして、ギルド。弱い者に興味はなかった、はずだったのに。心が勝手に、氷の彼を記憶していた。夜の街は、こちらを歓迎していないようだ。星が見えない。雲に隠れた月の映る川面を、ぼーっと見つめた。

「ん? お前は……」

 記憶に残る声に振り返ると、美しい黒髪の男の姿が、街灯に照らされて、ぼんやりと見える。記憶と同じく、麗しい容姿。間違えようもない。彼だ。

「ルーファス、だったか? 何してんだ? こんなとこで」

 何も考えずに歩いていたら、妖精の尻尾の泊まる宿のそばまで来てしまっていたようだ。記憶どおりに歩くことも出来ないなど、らしくもない。

「私も散歩くらいはするよ。星が見えるまで歩こうかと思っていたのだけど……今日はあいにく、見えそうもないな」

 私が空を見上げたのと同じように、彼も空を見上げた。

「月はもう少しで見えそうなんだけどな。ま、明日は星も見えるんじゃねえの?」

 こちらを見た彼は、少しだけ微笑む。しかし、宿の方から盛大に何かが壊れる音がして、すぐに顔をしかめてしまう。

「ったく、早く戻らねぇと、ナツがうるさいからな。お前も早く戻れよ。散歩ならまた明日、出直して来い」

 そう言いながら、彼は駆け足で宿の方へ戻っていく。記憶した、彼は予想以上に面白い。過去にはなかった存在が今、記憶された。空では雲から顔を出した月が、微笑んでいた。





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