世界中に瓜二つのものは、どこを探しても一つも無い。確かなことがほとんど無いであろうこの世界でも、断言できる数少ないものだ。同じ扉がいくつも並んだ廊下を歩きながら、ナサニエルは思った。外見は同じでも、中身は全く違う。チョコレート色の扉の一つである、情報大臣室の扉を勢いよく開けた。

「お待ちしておりましたのよ、マンドレイク大臣」

 真っ赤なドレスをまとった、金髪の美女がにこやかにこちらを向く。ナサニエルは顔を朱に染めながらも、大きくため息をついた。

「バーティミアス、そういう悪ふざけはやめろと何度言ったらわかる。僕は惑わされないからな」

 美女が容姿に似合わない悪態をつくと、次の瞬間には、同じ場所に褐色の美しい青年が腕を組んで立っていた。

「つまらん奴だな。顔が真っ赤なくせに、よく言う」
「うるさいぞ」

 ナサニエルはそれだけ言い放つと、書類が高く積み上げられたままのデスクの前に、音をたてて腰掛けた。見た目なんて、すぐに変えられる。問題は中身だ。今、目の前で悪態をついている美青年は妖霊であり、実は五千歳の大ベテランのジンだ。変身が得意とされているジンはともかく、ナサニエルは自分も姿を変えているようなものだ、と自負している。ナサニエルの場合、外見は同じ。しかし、中身が違う。考え方も、心も、真の想いも。マンドレイクとナサニエルは、被るところがほとんど無い。だが、ナサニエルにとって、ジョン・マンドレイクになることは簡単なことである。自分の居る世界では、全員が仮面を被っている。本当の自分なんてどこにも居やしないのだ。瓜二つのものは、この世には存在できない。

「おい、ナサニエル」

 至近距離から小声で呼ばれて、ナサニエルは我にかえる。

「な、何?」

 かすれる声で聞き返すと、顎で扉を示された。控えめなノックが三回ほど繰り返される。ナサニエルは息を吐いた。

「……出てくれ。それで、これから向かうと伝えてくれないか」

 バーティミアスが頷いたのを確認して、ナサニエルは書類の山の整理にかかる。数枚を選び出している間に、バーティミアスが戻ってきた。

「パイパーが会議の時間だと。伝えておいたぞ」
「ありがとう。会議が終わったら、すぐに戻る」

 必要なものだけ抱えたナサニエルは、バーティミアスを見ずに淡々と言う。椅子から立ち上がると、一瞬だけ名残惜しげにバーティミアスを見てから、扉に近付いた。

「じゃあ、」

 行くから、と言いかけたところで、バーティミアスに抱き寄せられた。無機質な部屋の中で、ナサニエルの鼓動の音だけが響く。抵抗しようと思ったが、その理由をどうしても探し出せない。ナサニエルは、バーティミアスの胸に身を預けた。

「そんな顔するなよ。行かせたくなくなる」
「バーティミアス、僕だってこんなことをされたら、行きたくなくなる、だろう……」
「だったら、行かなければいい」

壁に背中を押し付けられて、唇を奪われる。どさっと音をたてて、ナサニエルが持っていたものが落ちた。

「ば、バーティミアス……」

 ナサニエルはバーティミアスの胸を押し返す。

「すまん。会議、だったな……」
「いや、いい。行く気が失せた」

 はあと深くため息をついてから、頭をかいた。それから、ゴホンと大きな咳払いをする。

「マンドレイクは、休憩だ」

 ナサニエルはそう言いながら、後ろ手に鍵をかけた。にやりと笑うと、バーティミアスの胸座を掴んで引き寄せる。

「お前は姿を変えられる。僕は中身を使い分ける。確かなことなんて何も無い。だが、僕はバーティミアスを愛している。これは、これだけは確かなことだ」

 見た目は同じでも、中身は違う。いろいろなものに姿を変えられるバーティミアスは、見た目は違うが、中身は同じだ。彼にも心がある。

「バーティミアスを愛するナサニエルが、本当の僕だ」

 実はバーティミアスを愛するマンドレイクも居るが、それは秘密だ。バーティミアスの姿を好きになったわけではない。彼の姿は、いつもどこかから借りてきたものだろう。しかし、本物とは中身が全く違うはずだ。

「俺は、バーティミアスを愛するナサニエルを、愛している」

 ナサニエルに引き寄せられたままのバーティミアスは、自ら少しだけ寄って、ナサニエルにキスを落とす。ナサニエルは、掴んでいた手を離して、バーティミアスの首に回した。見た目は関係ない。だが、世界中を探しても二人と存在しないバーティミアスを愛している。マンドレイクとナサニエル、見た目は同じでも、中身は使い分けられている。瓜二つのものが存在しないのと同じように、今、というときももう、二度とない。

「今、このお前と居られる時間が愛おしい」
「本当は会議中だろ。いいのか?」
「せっかく、お前と一緒に居られるのに、あんなくだらない会議に出るのはもったいない」
「今日はやけに素直だな」
「たまには、いいだろう」

 バーティミアスはナサニエルの頭を撫でた。

「いいのか? 音が漏れても知らないぞ?」
「今は会議で、この階のほとんどの人間が会議に参加している」
 ナサニエルは、バーティミアスを上目遣いで見つめる。誰にも、この間に踏み込ませるつもりはない。

「僕は善い人間ではない」

 自分を演じもするし、秘密もある。野望と欲望で出来ているような人間だ。だが、それでも少しだけある感情は、全てをバーティミアスに捧げる。心をもらう代わりに、自分の心も捧げよう。たった一つの想いは、バーティミアスだけに。

「愛している、バーティミアス。お前自身を、愛している」
「俺も同じだ、ナサニエル」

 耳元で囁かれて、苦しいほどに抱き締められる。ナサニエルはバーティミアスのかすかな温もりと存在に身を委ねた。






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