「これ、」

 目の前の机の上に、書類が積み上がる。小僧は一番上の紙を一枚取ると、俺に手渡した。

「アラム語の書類だ。お前に頼んだほうが早いだろう。一時間で全て英訳しろ」

 命令だ、と淡々と言って小僧は背を向けて、自分の仕事に戻る。広くも狭くもない、情報大臣室に二人きり。普段なら、甘い雰囲気にならなくもないこの状況だが、今日はそんな暇も小僧には無いようだ。今日は珍しく助手も居ない。頼れるのは俺だけ。だから、俺はため息をついて、仕方なく紙を見た。
 しばらく、互いに何も話さずに仕事をこなしていく。山になっていた書類も、俺の手にかかれば一時間も経たずに、残り一枚に。最後の一枚に目をさっと通して、さらさらと英訳していく。よし、これで終わりだ。俺はうーんと伸びをして、小僧を見た。終わったことを伝えようとして、俺は目を瞬いた。小僧は、沈没している。腕を枕にして、机に突っ伏していた。

「……ナサニエル?」

 俺はさっと七つの目を切り替えて、辺りに人間、妖霊が居ないかを確認してから、名前を呼んでみる。当然のごとく、返事は無い。俺は音をたてないように椅子を引いた。そっと歩いてナサニエルに近付いてから、もう一度、小さな声で名前を呼ぶ。

「ナサニエル」

 返事は無い、か。と思ったが、ナサニエルの身体がピクリと動いた。起こしちまったか? と一人で慌てていると、ナサニエルがむくっと身体を起こす。

「あ、すまん」
「バー、ティミアス……?」

 呂律が回っていないような、寝ぼけ声で俺を呼んだ。俺の声は、あまり聞こえていないらしい。

「……何だ?」

 俺が聞き返すと、ナサニエルは両手を俺のほうに伸ばした。

「ソファで、寝たい……」

 抱えていけ、と言いたいのだろう。寝ぼけたままの小僧は、連れて行け、と小さな声で言った。

「仕方ないな」

 俺はため息をついて、椅子に寄りかかって、再び寝てしまったナサニエルの足と背中に手をすべりこませる。軽いナサニエルは、すぐに持ち上がった。川の高級ソファに寝かせ直す。年相応の寝顔を見ていたら、俺の悪戯心に火がついた。俺は速やかに実行に移った。

一時間くらい経って、ナサニエルが目を覚ました。

「おはよう、ナサニエル」
「おは……え、は?」

俺の膝の上で、ナサニエルは何度か瞬きをする。膝枕をされているナサニエルの頭を撫でてやる。寝方までは指定されてなかったから、これはありだろう。

「寝ぼけたお前は、俺を呼んだ」

 まだ固まったままの小僧に、俺は説明を始めた。

「そして、俺に腕を伸ばして、ソファで寝たい、と言った」

まあ、そういうことだ、と言うと、やっと理解したらしいナサニエルは慌てて飛び起きる。突然のことに反応仕切れなかった、俺と小僧の額が、思い切りぶつかった。

「いってぇな! 何するんだよっ」
「それは僕の台詞だ! この石頭っ! だいたい、お前が悪ふざけをするからだぞ」
「どうやって寝かせろ、という指定まではされてない」

 俺はにやりと笑って言ってやった。俺は、ご主人サマには忠実だからな。

「だからって……って、今何時だ?」
「俺に書類を渡してから、二時間ってところか」

 俺が時計を見ながら言うと、ナサニエルは俺の膝の上に頭を乗せ直す。

「罰だ、手伝えよ」
「はいはい。わかりましたよ、ご主人サマ」

 俺はナサニエルの顎をなぞって、唇にキスを落とした。確か、俺が最後に訳した書類は、仕事の効率の話だった。俺はナサニエルを起こして、今度は額に口付ける。

「眠いときは寝たほうがいいらしい。気分は、切り替わったか?」
「……おかげ、さまで」

 俺はナサニエルの頭を撫でた。早く片付けて、もう一度くらいは俺の膝を貸してやろうと思う。俺は、ナサニエルに手を差し伸べた。




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