ガタンと大きな音がして、俺は小僧の部屋に飛び込んだ。ベッドの上で起き上がって動かずにいる小僧は、月明かりに照らされている。慌てて近付くと、目を見開いて肩で荒い息をしていた。……うなされた、か。俺はタオルを持って、小僧の視界に入った。

「おい、ナサニエル……大丈夫か?」

俺に気付いてはっとしたナサニエルは、くしゃりと力なく笑う。額には大量の汗。それを持っていたタオルで拭ってやる。

「大丈夫、じゃないかも」

俺の手が思わず止まった。嘘でも何でも、こいつは強がると思っていたから。俺は、ナサニエルの弱音を初めて聞いた。返す言葉が出ずに、無言で手を下ろした。

「未だに、あの日の夢でうなされる」
 
ナサニエルの言う、あの日、が何を意味しているのかは、考えなくてもすぐにわかる。俺はナサニエルの次の言葉を待つように、月明かりを反射して、キラキラと揺れる漆黒の瞳を見つめた。

「炎の中から手が伸びてきて、僕を掴もうとするんだ。引きずりこまれるときもあれば、逃げ切れるときもある。あの日のことはどんなに忘れようとしても、忘れられないんだ」

静かに言ったナサニエルはゆっくりと目を伏せる。その目から、一筋の涙がこぼれた。

「あのとき、僕のしたことは間違っていたのかもしれない。でも、それなら僕は何をしたら良かったのだろう。あの日、自分もあの炎の中に消えていたら、と思うとぞっとする」

ナサニエルは一息ついてから、深呼吸をしたり、目を手の甲で拭ったりしているが、あふれる涙は止まらない。可笑しいな、と呟いて首をかしげたナサニエルは泣きながら微笑んだ。
「僕は、正しかったのかな……」
 
そう呟いて、天を仰ぐ。今までせき止めていたものが、全てあふれ出したかのように、ナサニエルの瞳からはとめどなく涙がこぼれている。唇を真一文字に結んだまま、黙り込んでる。こんなになっても、声を上げないのは、ナサニエルの最後の強がりなのだろう。俺は小さく震える身体を抱き締めた。攻めて、俺の前でだけは弱さを見せてもいいと思うのだが、残念ながら望みの薄い話だ。それが早くから出来ていれば、ナサニエルもこんなにはならなかった。ナサニエルにとって、いや、魔術師にとって、と言うべきであろうが、弱さを見せることは、死ぬことと同じくらいのことなのかもしれない。俺はそっとナサニエルの頭に手を回した。

「俺の前でだけは、弱くてもいいんだぞ」

俺の言葉の後に、はっと息をのむ声が聞こえた。そして、それまでナサニエルの感情をせき止めていた留め金が外れたように、わっと声を上げて泣き出す。これが、ナサニエルの貯めてしまっていたものの全てか……。本当のナサニエルに初めて触れられたような気がした。そんなナサニエルを愛しく感じて、背中を撫でてやる。

「泣きたいときは泣けばいい。俺の前では何も演じるな。ナサニエルでいたらいいんだ」

流れる涙が無くなったのか、ナサニエルはぐすぐすと鼻をすすりながら顔を上げた。一瞬また泣きそうに顔を歪めたが、俺が涙の跡を親指で拭うと、顔を俯ける。

「ありがとう、バーティミアス」

ナサニエルは俺を見て、泣きはらした目で微笑んだ。照れくさそうに俺の胸に飛び込むと、泣き疲れたのか、すぐに寝息を立て始めた。そんな姿を見て、つい笑ってしまう。泣くななんて、口が裂けても言おうとは思わない。溜め込んでしまうことの方が悪いことのような気がする。

「強くなれ、ナサニエル」
 
それは、泣くのを我慢することでも、戦うことでもない。誰にも惑わされずに生き抜いて、自分を、他人を愛して、大切なものを守れることであると思っている。後悔をして、泣かないでほしい。俺は腕の中で寝息を立てるナサニエルの頭を撫でてやった。



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