「ただいま帰りました。遅くなってすみません」

 セシルは寮の部屋に入ると、少し大きめの声で言った。部屋の電気は付いている。先に帰っているカミュがつけておいてくれたのだろう。

「遅いぞ。何をしていた」

 リビングへ続く扉が開いて、眉間にしわの寄ったカミュが静かに言う。

「仕事が、長引いてしまいました」

 靴を脱ぎながらセシルが答えると、カミュは何も言わずに鼻を鳴らしてリビングに戻っていった。セシルはその後をついて行く。リビングに入ると、テレビが映っていた。スピーカーからはセシルの声が聞こえる。

「ワタシの出ているドラマ……カミュは観てくれているのですね」
「先輩として、後輩の演技は嫌でも観るしかない。演技とは、動作や仕草、全てが役になりきらなくてはならない。台詞だけではないのだ」

貴様はそれが甘い、とカミュはソファに腰掛けて、コーヒーを啜った。分かりました、と強く頷いたセシルはキッチンで、鍋の蓋を開ける。中にはトマトベースのリゾットが入っていた。野菜がたっぷり入ったリゾットは、まだほんのり湯気が立っている。

「カミュ、作っておいてくれたのですか!」
「今日は俺が当番だからな。仕方あるまい。ありがたく食え」
「はい」

 器にリゾットを盛ると、スプーンを持ってカミュの隣に並んで座った。

「いただきます」

 手を合わせてから、スプーンで少しだけすくう。よーく冷ましてから、一口。

「美味しいです、カミュ」
「当然だ」

 まともに作れば、カミュも料理が上手い。ワタシはまだまだカミュのようにはいかない、とセシルはもう一口頬張った。しばらく無言でリゾットを口に運ぶ作業を繰り返して、ようやく食べ終わる。片付けようと立ち上がると、カミュと目が合った。何ですか、と聞くと、カミュがむっと眉間にしわを寄せた。

「リゾットが、付いているぞ」
「え、どこですか?」

 口を拭っても、そこではない、と言われるばかりで、いまいちどこについているのか分からない。痺れをきらせたらしいカミュは、ソファから立ち上がると、少し身を屈めた。

「っなに……」

 唇の端に口付けられて舐められる。真っ赤になって、口をパクパクさせていると、ふっと柔らかく微笑まれた。

「貴様はいつまで経っても子供だな」

あまりにその笑みが優しかったため、セシルは俯いて、カミュの服の裾を引っ張った。

「カミュは、ずるいです」
「なんとでも言え」

 むっとしながら、セシルは背伸びをしてカミュに口付ける。仕返しです、と照れ隠しに呟いたセシルの唇を、カミュは強引に奪った。

「食器洗いは俺がしておいてやる。さっさと風呂に入ってこい」

 セシルを離したカミュは後ろを向いて言う。お礼を言ったセシルは、笑顔のまま、バスルームへ向かった。扉を開けるとき、ちらりとセシルを見たカミュの頬がほんのりと朱に染まっていたような気がした。



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