「最後に胡椒か。うむ…一振りだな」
俺は調理場で調理をするフェイキアールの後ろ姿を眺めていた。これだけは言っておくが、別に好き好んで見ているわけではない。そういう命令だから、仕方なく、だ。まぁ、正しくは調理をするフェイキアールの補助をしろ、という命令だ。全く暇で仕方がない。当然ながら、フェイキアールには補助など要らない。以前にも同じような命令を受けて、従順な俺は馬鹿正直にフェイキアールの補助をしようとした。だが、結果的に俺とフェイキアールは調理場で乱闘。二人仲良く罰を受けるはめになったというわけだ。それ以来、俺はこの手の命令では動かないと心に決めている。胡椒を鍋に放り込んだフェイキアールが俺を振り返った。
「あとは、じっくり待つだけだ」
そう言ったフェイキアールは俺の隣に座る。当然、会話なんてものはない。だが、沈黙ほど時間が経つのが遅く感じるものはない。とりあえず俺は思い浮かんだことを口に出した。
「お前、味見をしてないのに、味付けなんてわかるのか?しかも、人間の食べ物だぞ?」
「お前もそういうことをするだろう?」
フェイキアールのつれない返事に、会話はそこで途切れる。俺の努力を少しは汲み取れ、と思ったが、それは口に出さなかった。再び沈黙が流れる。この空間にある音はといえば、鍋の煮える音だけだ。俺は調理台の上に突っ伏した。
しばらく互いに言葉も交わさず、身動ぎをせずにいた。その沈黙を破ったのは、鍋の沸騰する音だった。フェイキアールは無言で立ち上がって、鍋を取りに行く。その一連の動きを俺は思い浮かんだ見ていた。
「これでいいな」
鍋の中身を覗いて感想をもらす。もちろん、例によって味見はなし。味見もせずに、よく失敗が無いな、と少しだけ感心してしまう。
「私はお前と違って、感覚が鋭いのだ」
俺の考えていることを見透かしたように、フェイキアールが鍋の蓋をとじながら言った。俺を振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「バーティミアス、お前のことだけは味見をしないとわからないが、な」
笑ったフェイキアールが俺に近付いてきて、俺は思わずフリーズした。
「お前はどんな味がする?」
目の前まできたフェイキアールの指が俺を捕らえる。顎を持ち上げられて、どうしても目を合わせなくてはならない。だが、俺はにやっと笑ってやった。
「よく味わえよ、フェイキアール」
「あぁ。当然だ」
答えたフェイキアールに噛みつくように唇を奪われる。とろけるような甘さはない。濃厚なビターチョコレートのような味がした。
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