小僧が俺とすれ違ったときに香ったのが、いつもと違った。召喚部屋に籠っているときの、香の匂いではない。香水のような、鼻をつく匂い。俺はむっとして振り返る。
「小僧」
「何だ?」
振り返った小僧は顔をしかめる。俺は一歩小僧に詰め寄った。
「今まで、どこにいた?」
小僧はごもる。そして、視線を泳がせてから一言。
「どこでもいいだろう」
やましい思いがあるのか、いっちょまえに小僧は俺に隠し事をした。そのくらいすぐにわかる。わかりやすい。だから、俺はイライラもするのだ。
「女のところか?」
俺の問いに、違う、と即答する。どこだ、と聞くと小僧は大きくため息をついた。
「メイクピースのところだよ。仕事のことで呼ばれていたんだ」
メイクピース!だから、この鼻をつく香水も納得だ。だが、納得したからといって、俺のイライラが収まるわけもなく、むしろイライラは増幅した。
「匂いが移るほど、近くに居たのか?」
俺はナサニエルのスーツの襟を掴んで、引き寄せる。鼻先すれすれまで顔を寄せると、みるみるうちにナサニエルの顔が真っ赤になる。
「匂いが移るほどずっと一緒に居たのか?」
答えない小僧の首筋に顔を埋める。
「っん、バーティミアス…」
爪を立てて腕を掴まれて、仕方なく離れた。ナサニエルの瞳が俺だけを映す。
「仕事で、呼ばれていただけだ。他意はない」
「お前はそうだとしても、あいつはどうかわからない」
「僕には、お前しか見えていない」
「そうじゃなかったら、困る」
俺はナサニエルの唇を奪った。俺の肩を掴むナサニエルの手に力がこもる。俺だってナサニエルを愛しているし、だからこそ気になる。嫉妬なんて見苦しいものだし、しても仕方ないことだとも思うが、やっぱり気になってしまうのだ。ナサニエルは人間、俺は妖霊。一線を越えている。
「すまん、ナサニエル」
「いや、いい…」
唇を離すと、ナサニエルが俺に倒れこんできた。抱き締めると、ため息をつく声が聞こえる。俺はナサニエルの頭を撫でた。愛しているからこそ、嫉妬もしてしまう。
「愛しているから、って言うんだろう?バーティミアス」
ナサニエルが淡々と呟いた。俺が言葉を返す間もなく、ナサニエルは先を続ける。
「僕はお前に愛されているから、嫉妬もしてもらえるわけだ。幸せ者だな、僕は」
ナサニエルは俺から離れると、俺の頭に手を置いた。
「僕も、同じことを思っただろう。愛している、バーティミアス」
それだけ言って、一度も振り返らずに俺から去っていく。途中でナサニエルはジャケットを脱ぐと、後ろ手に俺に手を振った。颯爽と去っていった癖に、顔は真っ赤。ジャケットを脱いだのは、匂いが一番ついているのはジャケットだと思ったのだろう。
「馬鹿か、あいつは」
自惚れだとも思うが、ナサニエルは相当俺のことが好きだと思う。愛されてるな、なんて。俺は嫉妬の意味なんて無かった、と少しばかり自己嫌悪した。
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