「ほれ、お手だ、お手」
俺は赤毛の犬の前に右手を出した。思った通り、犬はそれに従うわけもなく、ふいっと顔を背けられる。俺は舌打ちした。
「お前にはしないぞ」
犬が喋る。元々犬だとも思っていなかった俺はなんとも思わない。
「見た目は可愛いのに、中身は可愛くないな、ジャーボウ」
「お前にどう思われようと関係ない」
わふんと吠えられて、俺はムッとする。腕を組んで背中を向けてやった。フェイキアールにもクイーズルにもなついてるのに、何で俺だけにはなつかない。別になついてもらいたいとか、そういうわけじゃないが、寂しい気もする…いや、どうでもいいんだ。何とも思ってない。
「全く、たまには俺もかま、え…?」
何のアクションも起こさないジャーボウにとうとう痺れを切らした俺は、仕方なく振り返ったが、動きを止めた。ジャーボウが人型に変身してやがる。
「どうした、バーティミアス?」
勝ち誇った笑みを浮かべたジャーボウはじりじりと俺につめよってくる。たかがジャーボウごときに俺としたことが、挑発されているとは情けない。俺もジャーボウにつめよる。
「何のことだ?ジャーボウ」
俺が右手を上げると、その手を掴んで引き寄せられた。思わずうわずった声が出てしまう。
「構え、と言ったな」
「言って、ない!」
じっと俺を見つめたジャーボウが、思ったよりも至近距離で俺は柄にもなくドキドキしてしまう。
「お前の頭じゃ頼り無さすぎる」
鼻で笑って言ってやると、右の肩を捕まれた。
「なにすっ……っん!?」
ジャーボウとの距離ゼロセンチ。驚きすぎて俺は動けない。にたりと目を細めたジャーボウはさっさと俺を離した。
「この程度なら、俺にも出来る」
その場にへたりこんだ俺にそれだけ言うと、赤毛の犬に姿を戻したジャーボウはわふっと吠えてから、去っていく。
「深い意味は、無いだろうな…」
俺は前髪をかきあげて呟いた。ジャーボウを少しばかり侮り過ぎていたかもしれない。俺は遠くに見える、赤い小さなシルエットを見つめた。
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