暗闇に閉じ込められる感覚で、なかなか寝付けない。何度もうつ寝返りが苦しくなってきた頃、ナサニエルは開け放された窓に近付いた。不安で眠れない。優しく差し込んでくる月明かりが、ナサニエルの姿を照らし出す。今日は風が冷たい。カーテンを揺らす風に、ナサニエルは身震いした。窓の外を除き込むと、暗く沈んだロンドンの街並みが眼前に広がる。明かりは点いていない。ふよふよと動く光の玉だけが街に見える、唯一の灯りだ。窓を閉めようと、手を伸ばしたとき、後ろで部屋のドアが開く音が聞こえた。

「こんな時間に、ノックもなしに部屋に入るとはどういうつもりだ?バーティミアス」

振り返らずに言ったナサニエルは伸ばした手を下ろす。

「どうせこの部屋に入ることが出来るのは、俺とお前しか居ない。ノックの必要もないだろ」

当然、と言わんばかりの声でバーティミアスは言った。バーティミアスのいう通りだ。命令でこの部屋まで来られるのは、今はバーティミアスしかいない。プライベートの空間にまで仕事などを持ち込みたくなかったナサニエルは、命令でそうしていた。

「返す言葉もないのか?」

バーティミアスの言葉に、むっとして振り返ると、彼はにやりと笑ってドアの柱に寄り掛かっている。

「そういうわけじゃない」

ナサニエルが言い返すと、笑みを深くして、こちらに近付いてきた。

「そんなことより、残ってる仕事もないのに、こんな時間までどうした?いつものお前ならとっくにいびきをかいて、夢の中なはずだが?」
「起きていたい気分なんだ」
「そのわりには、布団がだいぶ乱れてるけどな」

バーティミアスの指差す方向には、寝返りを打ち過ぎてよれたシーツが敷かれたベッドがある。何も答えないナサニエルのすぐ隣まできたバーティミアスが、ナサニエルの顔を除きこんだ。

「眠れないのか?幼い子みたいだな」

くしゃりと笑ったバーティミアスに抱き締められる。薄い寝間着越しにバーティミアスの熱い体温が伝わってきた。

「何が怖い?」

耳のすぐ隣で響く、さっきまでとは違う低い声が、ナサニエルの心を揺らす。

「怖くなんか、っ」
「偽るな。目を見たらすぐわかる」

バーティミアスは身体を離して、ナサニエルの漆黒の瞳を見つめた。そらそうとしても、バーティミアスの視線から逃れられない。

「…闇に、閉じ込められそうな気がする」

バーティミアスは何も言わずに、もう一度ナサニエルを抱き締めた。ナサニエルの背中を、バーティミアスの手が何度も撫でる。いつの間にかナサニエルの瞼が重たくなってきていた。

「バーティミアス…その、ありがとう……」

ナサニエルは小さな声で言う。

「寝られそうか?」
「うん。たぶん」

頭を撫でられて、額をぶつけられた。痛いじゃないか、と文句を言うと、痛くないだろ、と笑われる。

「おまじないをかけてやろう。悪夢を見ないように、夢でも俺が守ってやる」

バーティミアスはそう言うと、ナサニエルに触れるだけのキスをした。

「お、おまじないって…」
「特別なおまじないだぞ?お前にしかかけない」
「僕以外にかけてたら困る」
「なんだ?妬いてるのか?」
「違うっ!もう寝る!」

嬉しいそうににやにや笑うバーティミアスを突き飛ばして、ベッドに逃げ込む。頭から毛布をかぶれば、顔を見られずに済む。たぶん、顔は真っ赤だ。こんな顔を見られたら、間違いなくからかわれる。まぁ、それもリラックスさせてくれているのだろうけれど。

「寝るまで、そばに居てくれ」

返事は無かったが、すぐそばで衣擦れの音がした。おそるおそる頭を出すと、バーティミアスと目が合う。

「手でも繋いでてやる」

眠気もあって、素直に手を出した。がっちり握り返されて、少しほっとする。

「おやすみ、ナサニエル。いい夢見ろよ」

瞼にキスをされて、ナサニエルは意識を手放した。その日みた夢はとても暖かいゆめだった。








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