手を伸ばして髪を撫でると、ナサニエルは驚いたように俺を見た。
「…何だよ」
「特に、意味はない」
あそう、と言ったナサニエルはまたすぐに星を見上げる。小僧の横顔を見つめる俺は、俺の知らないナサニエルが居ることに気が付いた。いつの間にか、ナサニエルは成長し、美しくなっていた。孤独な少年が、今では情報大臣だ。俺は、俺が知らないナサニエルを知っている人間が羨ましくなった。俺の知らない世界でナサニエルはどんな表情をしている?どんなことを考えている?俺は一生その場には近付くことはできない。だが、俺はそこまで考えてから、はっとした。そこにナサニエルは居ない。居るのはジョン・マンドレイクだけだ。
「ナサニエル」
俺が呼べば、ムッとしながらも振り返る。それが、小僧の名前だからだ。名前は特別な力を持つ。それが、本当の名前ならなおさらだ。俺は小僧の名前を知っている。ナサニエルを知っている。ナサニエルを抱き締めると、鈍い温もりが伝わってくる。
「お前は俺の特別だ…」
俺の言葉に、ナサニエルはきょとんとした。だが、すぐに表情を崩す。
「特別って、重い言葉だぞ?特に、お前にとっては…」
俺はナサニエルの唇に人差し指を押し当てた。片目を瞑ると、ナサニエルはとたんに真っ赤になる。
「そんなことはわかってる。わかってて言ってるに決まっているだろう」
額にキスを落として抱き締めた。僅かに感じる体重が心地よい。俺は目を細めた。
「俺は、特別か?ナサニエル」
すぐ隣で呼吸をする音が聞こえる。規則正しかったのが、少し乱れる。大きく息を吸う音が聞こえた次に、ナサニエルの声が聞こえた。
「もちろん、特別だ。お前は僕を知っている」
ナサニエルに体を離される。伏せられていたナサニエルの視線が上がった。
「特別なのは、愛しているから」
俺はそう言いながら、ナサニエルの漆黒の瞳を見つめた。今は、マンドレイクは居ない。居るのはナサニエルだけだ。ナサニエルに語りかけると、手を強く握り締められた。
「愛してるなんて、言うだけは簡単だ」
ナサニエルの瞳が揺れる。俺は口を開こうとしてやめた。ナサニエルの小さな声が聞こえたから。
「だが、特別と言うのは難しい。僕は、特別、というのは他人と違わなくてはならない」
「愛していれば、特別に入るな。愛する人はいつでも他人と違う」
俺はナサニエルを抱き締めた。ナサニエルの細い腕が俺の首にまわる。ナサニエルは俺しか知らない。俺だけの、特別。
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