雨のロンドンを窓越しに見つめる、バーティミアスの横顔に視線を奪われる。いつもと違う、切なそうな瞳がナサニエルの心臓をつかんだ。机の上に資料を広げたまま、ナサニエルは動かずにいた。右手に持ったペンも、重さを感じなくなる。
自分はバーティミアスが好きだ。だが、そんな想いは伝えるつもりもない。伝えてはいけないのだ。ナサニエルは伏せられたバーティミアスの瞳がこちらに向くのを感じて、視線をそらした。

「この街は雨が似合うな」

しみじみと呟くバーティミアスに、ナサニエルはそっけなく、そうだな、とだけ返す。

「なんだよ、つれない」
「なんとでも言え」

ナサニエルはため息をついた。意味もなく走らせるペンに重みを感じる。昔は寄り添うようにそばに居てくれると感じていたバーティミアスが今は遠くに感じる。そばに居るはずなのに、一枚のガラスを隔てているようで、もどかしい。手が触れそうでも、その姿は目の前で消えてしまう。遠くて仕方がない。ナサニエルは額に手を置いた。

「お前が遠い」

古代ギリシャ語で呟かれたその言葉は、強く降りだした雨にかき消されて、バーティミアスには届かない。だが、ナサニエルにはそれでよかった。

「バーティミアス」

ナサニエルが呼ぶと、バーティミアスは首を傾げながらこちらを見る。ナサニエルが黙ったままで居ると、ナサニエルに近付いてくる。

「用事が無いなら呼ぶなよ」

ムッとして言ったバーティミアスの言葉を無視して、ナサニエルはバーティミアスに向かって手を伸ばした。机越しに伸ばした手は、あと少しのところでバーティミアスに届かない。ナサニエルは苦笑を浮かべる。

「お前は一番僕の傍に居るが、一番遠く届かないところに居る」

自嘲気味に笑うナサニエルの手をバーティミアスがつかんだ。

「俺は、お前のそばに居るぞ」

ナサニエルは寂しげに目を伏せる。もしかしたら、一戦をおかなければならなくなったのは自分が原因なのかもしれない。恋心を抱いたらいけない。ナサニエルは全ての想いを押し殺して唇を開いた。

「ありがとう、バーティミアス」

そう言った表情がちゃんと笑えていたかどうかはわからない。それでも今は、ナサニエルの感情が表に出ないことが一番だった。この想いだけは一生、伝えてはいけない。雨はただひたすら降り続けるだけであった。





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