「バーティミアス、」

フェイキアールに呼ばれて振り返ったら、突然正面から抱き締められた。フェイキアールの熱を直に感じて、俺は柄にもなくどぎまぎしてしまう。

「なっ、何だよ突然!」
「気分だ、気分」

そう言ったフェイキアールの顔を見上げると、やつは涼しい顔をしていた。俺が抗議の声を上げようとすると、力を込めて抱き締められる。だが、俺も負けなかった。

「ふざけんなよ!離せっ!」

フェイキアールの腕の中でじたばたと動く。だが、フェイキアールの表情は変わらない。むしろ、楽しそうに目を細める始末だ。

「何をしている、バーティミアス?暴れるな。痛いだろう」
「痛いようにしてるんだよっ。だいたい、何で…」

こんなこと、と言いかけて、俺は固まる。遠くに何者かの足音。俺は声のトーンを落として、さらなる抵抗を試みた。

「動くな、バーティミアス」
「だったら、離せよ」
「いいじゃないか。スリルがある」
「そんなふざけたことを、抜かしてる暇は無いんだよ!」
「余裕が無いのはお前だけだ」

そう言って、フェイキアールは俺の耳に、キスを落とす。俺は背筋がゾクリとして、フェイキアールの顔を見上げた。

「ば、馬鹿かっ!!」
「ん?何か言ったか?」

淡々と言うフェイキアールは、今度は俺の額に口付ける。とうとう気でも狂ったか、と俺はフェイキアールの足を踏んづけてやった。…が、フェイキアールはヒラリと片足を上げて、それを逃れた。

「全くお前は…大人しく抱き締められていればいいものを。そこがお前らしい、と言ったらそれまでだがな…」

フェイキアールはふっと表情を崩す。俺がぐるぐると考え込んでいる間に、強引に顎を持ち上げられて唇を奪われた。容赦のないフェイキアールの舌が、俺の口腔をまさぐる。何で俺はこんな人間じみたことを、フェイキアールとしなきゃならない。俺は溶かされたような回らなくなった、思考をできるだけ回転させる。だが、いくら回転させても、フェイキアールへの甘ったるい感情に流されてしまう。

「、っん…」

唇を吸われて離されて、ぎゅうっと抱き締められる。その頃にはさすがの俺にも、抵抗する気力はない。俺はフェイキアールの胸に頭を預けた。

「やけに素直じゃないか」
「気分だ、気分」

そう言って一息ついたところで、俺の背中の方で、あ、と声が聴こえて我に帰る。俺ははっとして、フェイキアールの胸を押し返した。が、フェイキアールは一向に離そうとしない。

「何だ、お前たちは」

背中からかかった声は、聞き覚えのある声。ジャーボウだ。俺はほっとした…って、そんなことしてる場合じゃあない。

「空気を読め、ジャーボウ」
「バーティミアスが、とうとうフェイキアールに絞め殺される寸前、ってところか?」
「違うっ!断じて違うぞ!」

俺を抱き締めたまま、冷静に言うフェイキアールと、検討違いのことを言い出すジャーボウに、俺は声を上げた。

「何が違うんだ?」

そう訪ねたジャーボウに説明してやる気も無い俺は、ため息をつく。何でこうも俺の回りは変なところが抜けてるヤツばかりなんだ。俺はフェイキアールに唇を寄せた。

「こっ、こういうことだ、ジャーボウ」
「あぁ、そういうことか」

俺の渾身の行為を見たジャーボウは、上機嫌でその場から立ち去っていく。俺は大きく息を吐いた。

「ずいぶんと、可愛いことをしてくれるではないか、バーティミアス」
「違うっ、あれは仕方なく…」
「早くジャーボウを追い払うために、仕方なく、だろう?そんなに私と二人になりたかったのか」

フェイキアールは優しく俺の頭を撫でる。その手に何も言えなくなった俺は、黙ってフェイキアールの背中に手を回した。全く、最近の俺はフェイキアールに調子を狂わされすぎだ。

「もう、抵抗しないのか?」
「…勝手にしろ」

ふてくされたように俺は言った。フェイキアールの腕の中が好きだなんて、絶対言わない。フェイキアールがふっと微笑んだ。




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