心地のよいスタッカートが部屋に響いた。鍵盤の上を褐色の細い指が、踊るように滑る。一曲弾き終わると、そっと指が鍵盤を離れた。

「ご主人様、次のリクエストはなんでしょーか?」

面倒くさい、と言わんばかりの声でバーティミアスは言う。

「次は、ワルツを」

それにナサニエルは淡々とリクエストを返した。その返事のすぐ後には、優しく音がなり始める。ナサニエルはティーカップに口付けると、ほっと息を吐いた。バーティミアスは何でも出来る。自分がやれと言ったことで、出来なかったことは何一つ無かった。出会ったときから、変わらない。変わったのは、互いへの想いだけ。

「バーティミアス、」

呼び掛けても返事は無い。ピアノを弾いているときは、相当集中しているらしく、返事が返ってきた試しが無い。だが、ナサニエルは何とも思わなかった。むしろ、そんなところが好きだった。バーティミアスの音を聴いていると、なんとなく幼い頃に戻れる気がしてならない。柔らかい気持ちになれるのだ。ナサニエルはバーティミアスの音色に耳を傾けていた。

「…っ……えるっ……ナサニエルっ」

ナサニエルが顔を上げると、バーティミアスの顔が真っ先に飛び込んでくる。

「…え、え?」
「寝てたぞ、お前」

穏やかな表情でバーティミアスに言われ、ナサニエルは何度か瞬きをした。はっとして窓の外を見ると、だいぶ日が傾いている。どうやら、バーティミアスの奏でる音に身を任せている間に、寝てしまっていたらしい。

「ワルツは?」
「とっくの昔に弾き終わった」
「聴き逃した…」

残念そうに呟くナサニエルに、バーティミアスは、もう一度弾こうか、とたずねた。

「いや、さっきと同じお前の音はもう二度と聴けないから」

いつでも世界で一つなんだ、とナサニエルはため息をつく。

「阿呆だな、本当にお前は…」

そう言って、バーティミアスはナサニエルの肩を抱き寄せて、額にキスをした。驚いた表情でナサニエルはバーティミアスを見返す。

「俺の心はいつも変わらないけどな」
「知ってるよ、馬鹿」

昔よりも、素直になれた。ナサニエルはバーティミアスの頬にキスをする。この先変わらないのは、バーティミアスへの想い。これだけは、変わりようが無かった。





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