「おはよう。朝だぞ、ナサニエル」
優しい声で囁かれて、唇にキスが落とされた。毎朝、こうしてバーティミアスに起こされる。一度だけ、起こし方について抗議したことがあったが、その翌日だけ、布団をひっぺ返され、その後からは再びこの起こし方に戻ってしまった。ナサニエルとしても、布団を剥がれるよりはましか、と最近は落ち着いてしまっている。
「ん…おはよう、バーティミアス」
もぞもぞと布団の中で身を捩る。そして、一気に体を起こした。こうでもしないと、起きられずに二度寝をしてしまう。
「今日もお姫様はお仕事ですね」
「誰がお姫様だ」
おどけて言うバーティミアスに、ムッとして返した。だいぶ、頭が回転してきた。
「だって、その通りだろ?キスで目覚めるなんて」
バーティミアスが、アイロンのかかったシャツをナサニエルに手渡しながら言う。ナサニエルはパジャマを脱いで、それに袖を通した。
「お前がやるから、僕だって仕方なく…」
「待ってるだろ」
違うか?と言われて、ナサニエルは一瞬固まった。バーティミアスにだけは、全てわかってしまう。黙ったまま、ナサニエルはシャツのボタンをしめる。
「俺の前でだけは、お姫様で居たらいい」
「そういうわけにはいかない」
これ以上お前に甘えられない、という言葉は飲み込んでおいた。ベッドを降りて、スラックスに履き替える。これで、ナサニエルは居なくなった。
「今日は帰り、遅いから」
「分かった」
バーティミアスに背を向けると、ジャケットを持つ。部屋のドアを開くと、表情が変わった。
「さっきのお前の話だが…」
ナサニエルが振り返る。
「ナサニエルがバーティミアスの姫なら、バーティミアスはナサニエルの王子だからな」
ニヤリと笑ってそれだけ言うと、ナサニエルはさっさと部屋を出て行った。残されたバーティミアスはボーッとして、ただナサニエルの背中を見送っていた。
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