触れられそうで、触れられない。掴み所がない、そんな感じ。今まで、一度もそんなことはなかった。求めれば、手に入る。自分が手に入れられないものは、ほとんど無かった。もし、手に入れるのが不可能であっても、無茶をしてでも手に入れようとした。そうすれば、全てが手に入った。それなのに、今一番欲しいものは、ただひたすらに指をすり抜け、触れることすらできない。風に靡くヴェールのように、俺の心を乱していく。

「…俺を、どうするつもりだ?」

誰も居ない空へと呟いた。全てを吸い込む青に、声も消えていく。ため息をつくと、傍で猫が鳴いた。黒猫だ。深く美しいグリーンの瞳がじっとこちらを見つめてくる。
そうだ、アイツは猫だった。愛の為だなんだとぬかして、アイドルになった。俺とは違う。正反対だからこそ、手に入らないのかもしれない。冷たく当たっても、なんだかんだで寄ってくる。人懐っこい猫も面倒なものだ。その癖、すり抜けていくのだから、ますます気に食わない。俺は猫を抱き寄せると、撫でてやった。

「夕飯までには帰れよ」

俺の言葉に、猫が一鳴きする。俺が居なければ、どうなっていたのか、分かりはしない。井の中の蛙のような小国の王子程度、この俺が手を煩わせるほどのことでもない。だから、俺に捕まるまで、貴様はそこで大人しくしていれば良いのだ。俺は、透き通る青空を仰いだ。




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