あの子の理想(竹千代×佐吉)


 「佐吉、佐吉!」


 最近佐吉について回る少年、竹千代。彼は幼いながらに、佐吉に懸想しているらしかった。

 今日も今日とて、大きな庭木の根本に腰を降ろして本を読んでいる佐吉を見付けて、竹千代は笑顔で駆けていった。その様は、まるで犬が尻尾を振り回して愛する主人の周りを飛び跳ねているようだった。
「佐吉、今日は何の本を読んでいるんだ?」
「………。」
 明らかに聞こえているだろうに、佐吉から返答は無い。彼女の目線は分厚い書物から少しも動きはしなかった。
「また難しそうな本だなぁ〜…。ワシには全然分からん!」
 だが竹千代は佐吉の態度にちっとも気を悪くすることは無く、からっと笑って佐吉の隣りに座り込んだ。

 「それ、半兵衛殿に借りたのか?」
「…ああ。」
 尊敬する半兵衛の名を出されては、佐吉も反応を余儀なくされ短く返事をした。
「勉強熱心だな、佐吉は。」
「当たり前だ。今からたくさんの知識を身に付けておかなければ、将来秀吉様や半兵衛様のお役に立てない。」
 普段は大人びて冷たい印象の佐吉だが、そう言って主とその軍師を思い浮かべた彼女の瞳は、間違いなく少女のそれであった。頬を薄桃色に染めたまま、佐吉はお二人のため!と言わんばかりに再び小難しい内容の本へと目を向けた。何となくその様子が面白くなくて、竹千代は口をへの字に曲げる。

 そして、何の脈絡も無く佐吉に一つの質問をぶつけた。
「なぁ佐吉、お前の理想とする殿方とは、どんな人物だ?」
「うるさいぞ竹千代。読書の邪魔だ。」
 佐吉は、鬱陶しそうに隣りに座る竹千代を睨み付けた。
「じゃあ今の問い掛けに答えてくれたらあっちへ行くから。
なぁなぁ、どんな人が好きなんだ?」
 竹千代は相変わらず、にこにこと笑顔を浮かべたまま佐吉に食い下がる。佐吉は溜め息を吐いてから、観念して口を開いた。
「この世で一番立派で素敵なお方は、秀吉様だ。その次に半兵衛様。あとの男など皆屑同然だ。」
「クズ……っ!?」
 佐吉の言葉に衝撃を受けた竹千代。
「分かったら向こうへ行け。」
 貴様の質問には答えただろう、と佐吉は冷たく言い放つ。

 と、そこへ紀之介の声が聞こえて来た。佐吉を探しているようだった。佐吉はすぐに本を閉じて立ち上がった。
「……竹千代、先の言葉を修正しよう。一番が秀吉様、二番が半兵衛様。三番目が紀之介だ。それ以外の男は屑だな。そして貴様は屑中の屑だと思っている。」
 彼女はそれだけ言い残し、紀之介、こっちだ!と走り去ってしまった。


 広い庭にぽつんと取り残されてしまった竹千代は、想いを寄せる女子にまるで相手にされず、人知れずぐすんと涙を流したのだった。







 数年後、彼は佐吉の憧れに近付くべく身体を鍛え上げ、拳を武器に戦ったとか戦わなかったとか……。




頑張れ竹千代!終わり☆



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