とびきり素敵な女の子B


翌日、幸村は学校を休んだ。夕方三成が心配して訪ねて来てくれたが、「ひどい風邪を引いていて、うつしてしまったら悪いから」ともっともらしい理由を付けて顔も見せずに帰してしまった。どんな顔をして会えばいいか分からなかったし、幸村の今の精神状態では、彼女の姿さえもまともに見られないだろう。自宅のインターフォンが最新式のカメラ付きなどでなくて良かったと思った。声を聞いただけでどうにかなりそうだったのに。

三成は学校で配布されたプリント類と、授業で進んだ分のノートのコピーをポストに入れて行った。幸村はそれを回収してから、ミネラルウォーターを一口飲んでのそのそと自分の部屋に戻った。
大学生の兄はアルバイトからまだ帰って来ないし、長期の出張で県外に行っている父とそれについて行った母は、帰って来るのは来月の予定だ。広い一軒家に一人きりというのは普段ならば少し寂しいと感じるが、今はこの状況が有難いと思った。誰にも会いたくないし、何をする気も起きない。

「ひどい顔だ……。」

父が買ってくれた姿見を見て、幸村は自嘲した。目の下に隈はできているし髪の毛はボサボサだ。

「全然、ちっとも、可愛くない!」

ベッドに潜り込むと、ローズの香りが鼻腔をくすぐる。思い起こすのは、先ほどまで壁を一枚隔ててすぐ近くにいた同級生のこと。



あの銀色の髪には触ったことがある。邪魔くさいから伸ばさないと言っていたけど、いつも寝癖一つ無くきちんと整えられていて、ツヤツヤでサラサラだった。前髪が少し長いと思うが、それは邪魔では無いのだろうか?体温は、俺より低い。手を繋いだときに冷んやりしていたから。そして頼りないくらいに細かったのを覚えている。まるで琥珀のように美しい瞳を覗き込むのが好きだった。そこに自分だけが映り込んでいるときは本当に幸せな気持ちになるのだ。じろじろ見られるのは不愉快だったかも知れないけど、不機嫌そうにむくれる顔は可愛らしかった。高校に上がって、少し制服のスカートが短くなって。そこから伸びる脚は細くて長くて、正直に羨ましいと思った。黒色のニーハイソックスが誰よりも似合った。
桜色をした、薄い唇。それは、触れたらどんな感触なのだろうか。サイズを気にしていたことは知っていたけど、小振りな胸が愛おしかった。服や下着に隠れて陽が当たらない部分は、きっと真っ白で柔らかいに違いない。その肌に、触ることができたら。下着の下の、更に奥を知ることができたら。

「こんな素敵な女の子になりたい」と、憧れていたわけでは無かった。

(俺が三成殿に抱いていたのは憧れなんて可愛らしいもんじゃない、もっと醜い、ドロドロした慕情だ。)

それに気付いてしまったら、もう気持ちを抑えることなど不可能であった。

(裸になって愛し合えたら、どんな顔をしてくれるのだろう。)

幸村は再び、想像の中で三成を犯した。



次の日も、幸村は学校に行かなかった。兄は何も言わず、優しく頭を撫でてくれた。
そしてその日も、三成は家を訪ねて来た。時間帯から考えて、部活を休んで足を運んでくれたようだ。一日色々考えた幸村は、彼女を家に迎え入れた。昨日と同様に、家族が誰もいない家に。

「真田、大丈夫か?顔色が良くない。」

三成の第一声は幸村を気遣うものだった。幸村は元々ヒゲは薄い方であったが、二日間剃らなかったために薄っすら無精ヒゲが生えている。それに気付かぬはずは無いのに、三成の視線は少しもブレない。彼女の真っ直ぐさに、幸村は胸がツキンと痛くなった。

これから、腹の中のものを全て三成にぶちまけるつもりだ。

(もう、友達でいられないかも知れない。)

「三成殿、その、お話があって……。」

幸村は二人分のダージリンティーと三成の手土産のチーズスフレを自室のローテーブルの上に置き、それを挟み二人は向かい合う形で座った。このスフレは以前に幸村が大好物だと言ったもので、それを覚えてもらえていたのは非常に嬉しかったのだが…今は口にできるような気分では無い。

「…随分と、深刻そうだな。」
「実は某、好きな人ができ申した。」

意を決した幸村から発された言葉に、三成は驚いたように一瞬だけ目を見開いた。しかし、うろたえた様子は見せていない。

「そうか。相手はどんな男かと、聞いても構わないか?」
「ええ。ですが、その方は男ではありませぬ。」

どこまでも女性と扱ってくれる三成。幸村はすぐ目の前の黄金色の瞳を見れないまま、着ているよれよれのスウェットの裾をぎゅっと握り締めた。そして更に続ける。

「とても心が優しい方なのです。真っ直ぐで、嘘や卑怯なことが大嫌いで。少々素直ではないけれど、それがまた愛嬌と申しますか。その方の容姿も、内面を写したかのように美しゅうございます。長いまつげに真っ白な肌。あんな女の子になりたくて、某はいつもその方のひっつき虫をしておりました。」

幸村は紅茶を一口飲み深呼吸をすると、ようやくと三成の方を見た。彼女は真剣な面持ちでこちらに見ている。

「でも、気付いてしまった。某はその方になりたいのでは無かった。その方を恋い慕っていて、その方の全部が欲しかったのだと。

某は、三成殿が好きだ。」

突然の告白に目を真ん丸にし、驚愕の眼差しを寄越す三成。だが幸村の口は止まらない。

「某とは違うその体に触りたい。形の違う体を重ねて、一つになれたらどんなに幸せだろうかと思う。」

言いたいことを全て吐き出した幸村は、再び下を向いてしまった。
美しい天使に、嫌われてしまっただろうか。軽蔑されてしまっただろうか。

「真田、泣くんじゃない。」

言われて、幸村は自分が泣いていることに気付いた。そして次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
それが三成の胸に顔を埋めるようにして抱き締められているからだと気付くのに、たっぷり10秒はかかってしまった。

「貴様は、強いんだな…。」
「みつ、なり…殿……?」

三成は幸村の乱れた髪を手ぐしで整えると、手首にはめていたパステルパープルのシュシュで結い上げた。幸村のトレードマークの、長い尻尾ができた。

「私に嫌われる覚悟で言ったのだろう?」

涙を拭ってくれる白い指先はどこまでも優しくて、幸村は次から次へと溢れてくる涙を止めることができなかった。

「このまま黙っていたら、某…っ、三成殿を裏切ることになると……!だから…っ!」
「もう分かった。もう、何も喋るな。」

喋るなと言われた幸村は、それを拒絶と捉えて素早く身を引き三成から離れた。しかし、すぐに華奢な腕に捕らえられてしまう。

「貴様の隣は居心地が良いからつい甘えて……辛い思いをさせてしまったな。きちんと言葉にするべきだった。」

そう言った彼女の手から抜け出すのは容易なはずなのに、それを振りほどくことは幸村には敵わなかった。服越しではあったが、そのぬくもりからは離れ難くて。

「私は、貴様が誰よりも大切だ。貴様が自分をどう思いどう変化しようとも……それは変わらない。」

三成は幸村を一度離すと、制服のリボンを外した。

「貴様と一緒にいられるのなら、どんな形でも構うものか。」




- 40 -


[*前] | [次#]
ページ:






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -