僕だけの、きれいなひと(現パロ・幸三)


※高校生×社会人で、某烏龍茶のCMが元ネタです。







(戸締り、火の元もよし…。)

慣れた手付きで鍵を閉め、三成はいつもより30分も早く家を出た。今日は朝一で絶対に遅刻できない会議があるのだが、早出の理由はそれだけでは無かった。

(これだけ早ければ、今日こそあいつに会わないだろう。)

彼女はちらりと腕時計を見て時間を確認すると、管理人の老年の男性に会釈をしてからマンションのエントランスを後にした。ここの管理人は薩摩弁と豪快な笑顔がトレードマークのチャーミングなおじいちゃんで、やたらに三成のことを気に掛けてくれていた。箒を片手に「気を付けんしゃいね〜」と手を振るおじいちゃんをもう一度振り返ってから、三成はパンプスの踵を鳴らして駅に向かって歩いて行った。
日光を反射してきらきらと輝く美しい銀髪に、長い睫毛に縁取られた意志の強そうな金色の瞳。透き通るほど白い肌と、すらりと長い手足。極上の見目をした三成を、擦れ違う人は皆振り返るのだった。

あと数十メートルで人通りの多い大きな通りに出る、というところで三成は辺りをキョロキョロと見渡した。

この付近で出没するのだ、『あいつ』が。

そう、三成が早くに家を発った理由は、とある人物との遭遇を避けるためであった。
前方にその人物の影は見えない。三成が安堵の息を吐いた正にそのとき、何者かが彼女の背後に立った。

「おはようございまする!」

……出た。
後ろを振り返らずとも分かる。『あいつ』だ。

三成は無視を決めて早足で歩き出したが、『あいつ』に素早く前に回り込まれてしまった。
そして、目の前に差し出された色とりどりのガーベラの花束。

「そ、某と付き合って下され!」

『あいつ』の正体とは、近所の高校に通う男子生徒であった。彼は三成に一目惚れをしたらしく、毎朝制服姿で花束を持って求愛して来るのだ。いい加減あしらうのも面倒になり顔を合わせないようにと今朝のような措置を取ったものの、この通りに意味を為さなかった。
三成は突き出された花束を無言でひょいと躱すと、『あいつ』に一度だけ視線をくれてから通勤・通学の人波の中に紛れて行った。ふられてしまった栗色の髪をした少年……もとい幸村は、憧れのお姉さんを見失ってしょんぼりとうなだれた。後から来た級友達に、「また今日もふられちゃったんだ?」「教室が花だらけになっちまうな。」と彼がからかわれていたのを三成は知らない。



翌日、三成は普段よりも1時間早く家を出た。しかし、いつもと同じ場所に幸村はいた。今日携えていたのは百合の花束だった。更にその翌日は、2時間も早く出たのだが、やはり……あの紺色のブレザーを着た少年は花束を片手に三成を待っていた。

「某では、いけませぬか?」

差し出された可憐な花束を、三成は今朝も受け取らなかった。だが、彼女は初めて幸村に笑顔を見せたのだった。

「生意気を言うな。」

にっこりと柔和な笑顔を浮かべたわけでは無く、単に苦笑いをしただけであったが三成のいつもの仏頂面が崩れたその表情に、幸村の胸は早鐘を打った。

その日の夜、明日は3時間早く発つか、と携帯電話のアラームをセットしながら、三成はふと例の少年の子犬のような瞳を思い出した。

「……始発で行くのは、いくらなんでも早過ぎるな。馬鹿馬鹿しい。」

誰に言うでも無く、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、アラームを普段の起床時間と同じ、6時にセットし直したのであった。



そして次の朝、彼女は幸村の熱意に負けて名前を教えた。

「石田、三成殿…。みつなり…殿……。」

自分の名前をまるで宝物のように大切に復唱する幸村のその姿に、三成は胸の奥がむず痒くなった。そのまた次の日は、誕生日を教えた。「貴殿のことなら何でも知りたい」と頬を赤く染める年下の少年のいじらしさに、今度はどこかくすぐったいような気持ちになった。
次第に幸村に対する態度を軟化させていった三成だったが、毎回差し出される綺麗な花束は決して受け取らなかった。

「おはようございまする、三成殿。」

ある日の朝、幸村は花束を持っていなかった。彼はおもむろに三成に近付くと、何かを差し出す手振りをした。

「薔薇の花束の、つもり……にございます。」

一瞬きょとんとした三成だったが、

「…ならば、受け取った、つもり。」

そう言ってそっと手を出して見えない花束を受け取った。彼女は幸村の気持ちでできたブーケを大切そうに抱えると、「良い香りだ」とふわりと微笑んだ。それは、息が止まるほど美しい笑みだった。

いつものように人波に流されて遠ざかって行く三成に、幸村は叫ぶ。

「ありがとうございました!!」

嬉しくて泣きたくて、震えが止まらなかった。

その後、手ぶらで教室に入った幸村を見てクラスメイト達が大騒ぎしたのは言うまでも無い。

「あのLadyをとうとうものにしたのか、やるじゃねぇか。」
「明日は槍でも降るか?」
「いーな〜、俺様もキレイなお姉様にリードされたい!」
「ゴムは持ち歩くようにしておけよ?」

男子高校生らしい盛り上がりぶりに、純情な幸村は卒倒しそうになったのだった。

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