甘くない彼女の甘いお返しA


そして迎えた放課後。

「来い真田。」

終礼が終わってからも机に突っ伏したままだった幸村の手を取り、三成は何の説明も無く教室を出た。幸村はただでさえ今の事態が分かっていないのに、自分の左手を握る白くてキレイな手に意識を持って行かれて頭が混乱していた。

(て、てててて!手…!手を…っ!!)

初めて手を繋ぐときは自分から、だなんて思っていたけれどそんな勇気は無くて。今も彼女の手をそっと握り返すのが精一杯だった。少しだけ体温が低くて、華奢だけれど、柔らかくて。幸村は胸がドキドキして、徐々に汗ばんでいく手の平が恥ずかしくて堪らなかった。

「どちらまで?」
「黙ってついて来い。」

二人は電車に乗り、学校の最寄駅から下り方面に6つ目の駅で降車した。それから住宅街の中を歩くこと10分少々。幸村が連れて行かれた先は、木造の黒い瓦屋根の建物で、藍染めの暖簾が掛かったいかにもな雰囲気の老舗の和菓子屋だった。

「予約していた石田だが。」
「お待ちしておりました。お二階へどうぞ。」

高級そうな雰囲気にうろたえる幸村とは対照的に、三成は慣れた様子で二階のレストスペースへと向かう。

「そんなにきょろきょろするな。恥ずかしい。」
「す、すみませぬ…。」

奥の座敷の席に通され、二人は熱い緑茶を飲んでひと息吐いた。

「この店は、養父と時々来るんだ。静かで、落ち着くだろう?」

そう言って三成は、一輪挿しの中の白い花を撫でた。先程の茶を飲む仕草といい、彼女の所作は一つ一つが美しかった。

「左様でございますな。ちょっと大人で高級な感じが過ぎまして、某は気後れしてしまいますが…。」
「そう言ってくれるな。前々から、貴様を連れて来たいと思っていたんだ。」

三成は従業員を呼ぶと、お品書きを開いて何とも大胆な注文をした。

「ここからここまで、全て頼む。」

2ページにまたがるオーダーに従業員の女性は一瞬固まったが、よく見るとこの女子高生はお得意様の娘さんだ。彼女はすぐに「かしこまりました」と頭を下げて、厨房の方へと下がって行った。

「三成殿!?今のは一体…!?」
「これくらい、食べ切れるだろう?すぐに来るからおとなしく待っていろ。」

反論は認めない、と言うような三成の口振りに、状況が理解できぬままで幸村は口をつぐんだ。どうせ、この女王様には何をしたって敵わないのだ。なるようにしておいた方が良い。

そして、ほどなくしてテーブルにはたくさんの甘味が並んだ。みたらし、あんこ、抹茶、桜、柚子、胡麻あんなどの団子各種に、あんみつ、まんじゅう、どら焼き、ようかん、きな粉餅…。それらは見た目も秀逸で見るからにうまそうであり、幸村はキラキラと瞳を輝かせた。

「全部貴様のものだ。食え。」
「あ、ありがとうございまする!!」

『待て』を解かれた幸村は、先ほどそわそわしていた様子はどこへやら、がっついて団子や餅を食べ始めた。大好物である甘いものを前に、幸村の思考能力が真っ当に働くはずも無い。

「うまいか?」
「はひっ!!」

ひとしきり和スイーツを食べて落ち着いたらしい幸村は、頭からすっかりと抜け落ちていた疑問をようやくと思い出した。

「そう言えば三成殿!何故某をこんなところに!?そして何故こんなにたくさんの和菓子を!?」
「何故って、今日はホワイトデーだろう。先月のお返しだ。」


ー間。


え、ええぇええ!!?
てっきり某には無いのかと…いや、しかしこれではこちらが頂き過ぎでござる!!」

今更何を言うのか、といった感じだが、三成は全く気にしていなかった。

「お返しは三倍が相場なのだろう?」
「そんな、そんなとんでもない!!」
「ふん、貴様は何も分かっていないな。」

三成はにぃ、と薄い唇の端を吊り上げて、一口だけかじった黒糖まんじゅうを幸村の口の中に押し込んだ。

「あの手作りのチョコレートがどれだけ嬉しかったか。三倍など、これでも足りないくらいだ。」

幸村は火が出るんじゃないかというような勢いで顔を真っ赤にした。それが、彼女の笑顔に見惚れたせいなのか、食べかけのまんじゅうを飲み込んだせいなのかは分からなかったが。

「まだ食い足らぬならもっと頼んで構わない。しょっぱい物が欲しいならうどんや蕎麦もあるぞ。」

メニュー表を渡された幸村だったが、胸がいっぱいになって追加注文どころではなかった。
……もっとも、散々食べた後ではあったのだが。

三成が支払いをしている際、幸村はいたたまれなくて彼女の背に隠れていた。少しでも出せれば良かったのだが、手持ちがあまりに少なかったので不可能だったのだ。彼は、『お金をたくさん持っていると無駄に使ってしまうから』という家の教えを今日ほど恨めしく思ったことは無かった。



二人は、どちらともなく手を繋いで帰路に着いた。幸村は家まで送ると申し出て、三成もそれに頷いた。

「本来ならば、猿飛にも同等の見返りを与えるべきなのだろうな。日を改めて奴もあそこに連れて行くと「それには及びませぬぞ三成殿。」

オレンジ色の街灯が灯る夜道を他愛の無い会話を続けながら、二人は並んで歩いていた。どんどん近くなる三成の家。つまり、二人でいられる時間も短くなっていくということ。幸村はそれが寂しくて、右折しなければならないはずの角をわざと間違えて左に曲がった。三成も、何も言わなかった。

今日はずっと彼女のペースだったから。最後はこちらから仕掛けたっていいだろう。
幸村は近くの公園へと三成を連れて行き、生まれて初めてのキスをした。




So happy,so sweet whiteday!

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