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約束(家三・豊臣傘下時代)
「三成、そこ、血が出てるぞ。」
豊臣軍が天下統一を目指し、各地で起きている小さな鍔競り合いを沈静化している最中のことである。陣の中で愛刀の手入れをしていた三成の頬から、僅かに一筋、緋色が流れていた。その出血を家康は見逃さずに指摘するが、三成は耳を貸さないばかりか家康に一瞥もくれてやらず、刀を磨く手を止めないのだった。
「しかし…生傷が絶えん生活だなぁ……。」
三成に無視されるのは慣れているのか、家康は別段気にした風も無く伸びをする。そんな彼の体にも、小さな擦り傷や切り傷が幾つも見て取れた。
「こんな戦続きの世の中、早く変えていかなくては……。武力で世を統べるなど、間違っている…。」
己の拳を見詰めながら、家康が呟く。それを聞き捨てならなかったのは三成で、彼の体がぴくりと反応した。
「貴様、秀吉様のやり方を批判すると言うのか?」
金色の瞳をぎらりと光らせ、家康を睨み付ける。細く長い睫毛に縁取られた美しい瞳が、今は頗る恐ろしく見える。
「そう言う訳じゃない。皆が平和に過ごせる世をワシは築きたいんだ。お前だって、現に傷だらけじゃないか。」
家康は、鎧の下の三成の細い体が傷付き、骨が軋むのが嫌だった。手折れそうな三成が、戦場を一番に駆けているのが嫌だった。
「ふん、それくらい何を厭う。秀吉様や半兵衛様のお役に立てるのならば、この手が血潮に塗れようとも、この身が裂けて朽ち果てようとも構わない。……あの方々の、お役に立てるのなら……。」
遠くにいる屈強な主とその美しい軍師に想いを馳せて、いっそ恍惚の表情を浮かべる三成。彼は豊臣軍のためならば何をも恐れないのだった。それが面白く無い家康は、語気を強める。
「それは違うだろう、三成!お前の心もお前の体も、お前自身のものだ!豊臣軍のものではない!!」
「私は秀吉様のものだ!!」
三成は間髪を入れず、怒鳴るように反論した。
「あのお方のために生き、そしてあのお方のために死ぬ……それが私の本望だ。豊臣の傘下に置かれながら、貴様は違うと言うのか?」
「三成……。」
言っている内容は到底理解できるものではないが、三成の真っ直ぐで澱みの無い瞳に家康は気圧された。
「……分かったよ。豊臣を守るお前を、ワシが守る。それでみんなで泰平の世を目指そう!」
家康はニカッと笑うと三成を抱き寄せた。
「何をする…っ!離せ家康!!」
するとどうだろうか、三成は顔を赤くしてうろたえて、先ほどの凶気を孕んだ勢いなど何処かへ吹き飛んでしまったようであった。
「はははっ、ぴったりくっついてなきゃお前を守れないだろ?」
家康は毛を逆立てて威嚇をする猫のような三成を少しからかいながら、逃げられないよう強く抱き締めた。
「お前はワシがずっと守る。約束するよ。」
血の匂いがひどく鼻につく、誓いであった。
―終―
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