ふくれ焼き餅(幸三)


 「長曽我部!!貴様いい加減にしろっ!!」
 不意に聞こえて来た、愛しい恋人の声。何やら誰かと言い争っているような様子なので、幸村は声のする方へと駆け足で向かった。
「んなカリカリすんなよ石田ぁ。せっかく綺麗な顔してんのに、台無しだぜ?」
「…さ、更に私を愚弄するか!」
 中庭に見える二つの人影。一つは三成のもので、もう一つは最近西軍へと下った長曽我部軍の大将、元親のものだった。元親は兵士達に「アニキ」と呼ばれ慕われていて、面倒見が良く懐の深い人物であった。危なっかしくも近付き難い雰囲気を放つ三成のことも放っておけずに、何かと気にかけて「懐かねぇ猫を相手にしてるみてぇだな」と可愛がっているようだった。
「褒めてんだろ?」
 ニッカと笑いながら、わしわしと三成の銀色の髪の毛を撫でる元親。やめろ!と三成は怒鳴っているのだが、その怒気に棘はないようだった。擬態語を付けるならば「ぷんぷん」とか「ぷりぷり」とか、そんな可愛らしい怒り方をしているように見える。
 その様子を見ていた幸村は、口をへの字に曲げて踵を返し、元来た廊下を戻って行った。



 「……と、いうことなのだ佐助!」
 自分にあがわれた部屋へと戻った幸村は、佐助に先ほど見た三成と元親のやりとりを話した。
「へぇ。何で大将はそんなに怒ってるのさ。」
 話を聞く限りでは、佐助は主が憤っている理由が分からなかった。“あの”三成が元親ともうまくやっているのだ、同盟を組む身としてそれは喜んでもいいだろう。
「三成殿は、総大将としての自覚が足りぬ!それに、長曽我部殿も三成殿に対して失礼でござる!」
「…??」
「易々と頭に触れさせるなど!あんなに無遠慮に触るなど!言語道断でござる!!」
 あの光景を思い返し、幸村はがすがすと畳を殴りながら怒りを露わにする。
(ああ…嫉妬かぁ……。)
 幸村の三成への気持ちは、硬派(?)ゆえの遅い初恋。恋愛の経験値が少ない幸村は、自分が焼きもちを焼いていることに気付いていないようだった。「少年の恋」から脱却できない主君に対して、佐助は心の中で溜め息を吐いた。



 「おい真田。」
「……何でござるか?」
 それからというもの、幸村は露骨に不機嫌だった(特に例の三成と元親の前では)。今も三成に呼び止められたというのに、彼は視線を合わそうとはしない。以前までは、三成に名前を呼ばれようものならいつでもどこでも大喜びで返事をしていたのに。
「近ごろやけにおとなしい気がするが…。どこか具合でも悪いのか?」
「別に…。貴殿に心配などされずとも大丈夫でござる。」
 小さく首を傾げ、幸村の顔を覗き込む三成。だが、幸村はぷいっと顔を背けてしまった。
 正に子ども。
 そんな仕草にカチンと来た三成は、「ならば知らん!」と彼に背を向け早足で去って行ってしまった。
 己の行動を内心悔い、俯いていた幸村が顔を上げると。既に遠くに行ってしまった三成の背中と……その横に並ぶ元親の姿が見えた。



 何が悲しくて何が悔しいのか分からないまま、幸村は憤る気持ちのままに三成に冷たく、素っ気ない態度を取り続けた。そして彼が自分から離れて元親と寄り添うのを見て、また悲しくなって。完全な悪循環に陥ってしまったのだった。





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