なんとかも風邪を引く(幸三)


 「ひどい有様だな。馬鹿は風邪を引かないのでは無かったのか?」
 褥に横になり、顔を真っ赤にして苦しそうに咳を繰り返している幸村を見下ろして、三成はそう言い放った。
「…み゛…み゛づな゛……。」
「喋るな真田。聞くに耐えん声だ。」
 掠れたひどい声で己を呼ぶ幸村に、三成は更にぴしゃりと冷たい言葉を投げ付ける。
「石田の旦那ぁ、病人に追い討ちをかけるようなこと言わないでよ〜。」
 傍らで幸村の看病をしていた佐助が、三成の棘のある物言いをたしなめた。
「ふん、喉が炎症を起こしているのだろう?無駄口など叩くな。」
 そう言うと三成は幸村のすぐ近くに腰を下ろし、懐から藍色の手拭いを取り出すと彼の首元にそれを巻いてやった。
「喉を冷やすのは良くないと、半兵衛様がおっしゃっていた。」
 愛しい人の気遣いに幸村は嬉しそうにふにゃんと笑って、唇だけを動かして「ありがとう」と伝えた。それにいささか照れた様子で、三成はばっと立ち上がった。
「私はもう行く。真田、早く治せ。貴様は武だけが取り柄なのだからな。」
 そして歩き出そうとした瞬間、何者かが三成の黒色の袴を引っ張った。犯人は勿論、幸村。三成は何の真似だ!と怒鳴ろうとしたが、彼の瞳は「行かないで欲しい」と雄弁に語っていた。熱のために頬を紅潮させ潤んだ瞳で見詰められては、流石に無下には扱えない。それで無くても三成は性根の優しい青年ゆえ、もう少しこの子犬のような病人の側にいてやることにした。
「俺様朝から旦那に付きっきりでさ、ろくにご飯食べて無いんだよね。悪いけど石田の旦那、ちょっと食事して来るから、その間よろしく☆」
 佐助はにんまりと笑ってから水の入った桶を手渡すと、颯爽とどこかへ行ってしまった。急に幸村と二人きりにされ、何となく居心地の良くない三成。幸村はとろとろに溶けた水飴のように甘い瞳で、ひたすらに自分を見詰めている。
「……貴様、何をそんなに締まりの無い顔をしている。」
 その視線に耐え切れず、三成はわざと険しい顔をして見せた。
「自分が病人だからとは分かっておりますが、こうして三成殿を独占できて嬉しいのです。貴殿を独り占めだなんて、なんて幸福でござろうか…。」
「…戯言を。熱にうかされて、輪をかけて馬鹿になったのか?」
 三成は濡らした手拭いを、幸村の顔にべしゃっと乱暴に載せた(勿論これは彼の照れ隠しであった)。しかし幸村がひどいでござる〜と手拭いの下で嘆いているので、きちんと折り畳んで額の上に置き直してやった。すると幸村は三成の手を取り、
「三成殿の手、冷たくて気持ちがいいでござる……。」
 そう言って頬を擦り寄せた。確かに三成は体温が低いので、熱を出している人間にとってひやりとした彼の手は心地良いであろう。
「……手のかかる、大きな弟でもできたような気分だ。」
 三成は困ったように小さく笑ってから、空いている手で幸村の栗色をした髪を撫でた。それから、頬にそっとキスをしてやった。
「…弟、でござるか。」
「?」
 撫でてもらえた上にキスまでしてくれたのはとても嬉しかったのだが、「弟」と言う扱いに少々不満を覚えむくれる幸村。だが三成はその理由をまったく分かっていない。



 突然襖ががらっと開いて、そこに現れたのは吉継だった。
「刑部。」
「真田が風邪を召したと聞いてなぁ、薬を用意して来たのよ。」
「大谷殿、わざわざ申し訳無……、っ!!?」
 幸村は、吉継に渡された茶碗の中身を見て硬直する。多少青臭い香りはするものの匂いは特別おかしいものでは無い。だが、ゲル状のそれは熱い訳でも無いのにボコボコグラグラと沸騰しているし、色に至っては口に含むのも嫌な汚い灰色。
「こ、これ、腐ったドブ川みたいな色をしておりますぞ!?」
「薬に対して文句を言いやるな。童子でもあるまいし、な。」
「三成殿ぉ!」 
「心配するな。刑部は薬学にも明るい。」
 幸村は三成に助けを求めるが、残念ながら彼の信頼度ならまだまだ「幸村<吉継」のようで腐ったドブ川色の薬に対しても不信を抱いた様子は無い。
「やれ真田、ぐずらずに早よう飲め。」
 一見親切で薬を調合して来てくれたように見えるが、吉継の顔には「三成を誑かしよって!真田め苦しめ呪われろ!」と太字で書いてあった(多分三成には見えない)。無理にその薬を飲まされた幸村は、「ぐわぁあ!まずッ、苦ア゛ァ……×◎★#※◆!!」とひとしきり悶えてから意識を失った。



 翌朝、吉継の薬が効いたせいなのかどうかは分からないが、幸村は完全復活を遂げた。バタバタと元気に走り回り、三成の元へとやって来た。
「三成殿〜!!」
「朝っぱらから喧しい。……だが、やはり貴様はそれくらいでないと張り合いが無いな。」
 くす、と笑う三成に幸村はしばし見とれてしまった。
「あの薬が効いたのだろう、後で刑部に礼を言っておけ。」
 しかし例のドブ川の味を思い出し、即座に我に返った。
「もうあれは二度と飲みたく無いでござるよー!!」





 それからと言うもの、幸村が少しでも不調を訴えると(それが擦り傷であれ腹痛であれ)、吉継は必ず特製の薬を用意して来た。その度に幸村は不味うござる!胃が焼けるぅう!と悶絶するのだがそれはまた別のお話。




   ―終わり―



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