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僕の真ん中にあなた(伊達主従)
大きく開け放たれた障子の向こうは、さらさらと霧雨が降って、どこかで蛙が鳴いている。梅雨に入ったのだから仕方が無いが、ここ数日奥州では雨天が続いている。ひどい湿気の中、俺は仕上げねばならない書類とにらめっこしていた。
暑い+じめじめする=苛々する!
こんな気分で執務がはかどる訳もなく、机の周りには書き損じた書簡が、丸まっていくつも散らばっていた。
「もうやめだこんなん。」
俺はやる気なく机に突っ伏した。
「政宗様。何をしていらっしゃるか。」
「Ah〜…。お前か…。」
俺は文机に頬をくっつけたまま、声はおろか最早気配だけで認識できる腹心に返事をした。木製の机がひんやりしてて心地良い。
「こんなに散らかして…。期日に間に合うのですか?」
小十郎は小言を言いながらゴミと化してしまった上質紙を拾い上げる。俺のかーちゃんかお前は。
「だってこの湿度にこの温度だぜ?やる気なんか出ねぇよ。」
顔を上げて背後の小十郎に向き直ると、何故だか奴が吹き出した。
「政宗様、失礼。お顔に墨が。」
そう言うと小十郎は俺の頬を手前の着物の裾で拭った。文机などの上で寝ているからですよ、と眉をハの字にして困ったみたいに笑って。
…俺の顔が熱くなったのは、今日の蒸し暑さのせいだけではないだろう。
「そうだな、小十郎。笛でも吹いてくれよ。こんなんじゃ集中できねぇし。」
「それで執務がはかどるのならば、仰せのままに。」
愛用の笛を取りに、小十郎が部屋を出る。その間に、顔面の熱を冷ましておかなければ…。
凛としていて整った、透き通るような涼しげな笛の音色。まるで、奏でている本人を写したような音。
「お前の笛の音を聞いてると、やっぱり心が落ち着くな…。」
「勿体無きお言葉。」
「いや、最高だぜ?」
そう言うと、お前は笑う。俺の大好きな、眉をハの字にした笑顔で。
別に嘘を吐いているわけじゃないが、笛を聞きたいと言ったのは口実で。本当は、お前と二人でいられれば何だっていいんだ。
いつからかな、お前がいなきゃ呼吸(いき)もできない気がするよ。
―終―
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