この、よっぱらい!B
キッチンで水を飲んでいると、俺は後ろから伸びて来た何者かの手に拘束された。何者か、なんて言っても相手は一人しかいないのだが。
「少しは酔いが冷めたか、馬鹿。」
「…ああ。迷惑かけて悪かった。」
「まったくだ。」
そうは言うものの清正は甘えるように抱き付いて来るから、俺はやっぱりまだアルコールが抜け切って無いんじゃないかと思った。
「あの、さ…。俺が昔お前にしたことは、忘れちゃいけねぇと思うんだ。」
「清正、その話はもういい。」
俺は清正の腕から抜け出そうとしたが離してはもらえなかった。
「いや、聞いてくれ。
前世は前世だって分かってるし、それに引きずられてるつもりもねぇよ。それでも、言っておきたいことがあるんだ。」
しばし沈黙が流れた後、真後ろで清正がごくりと唾を飲んだのが分かった。何を緊張しているのかは分からなかったが。
「今度はお前のこと、絶対に幸せにするから。」
清正の思わぬセリフに、俺は胸がいっぱいになり何も言えなくなってしまった。辛うじて口から出て来たのは『馬鹿』の二文字。そんな可愛げの無い返答に清正は笑ってくれた。
「そんなとこも好きだ、馬鹿。」
「…今の言葉は、酔っ払いの言うことと受け取ってはやらないからな。」
「上等。」
「それ、長宗我部元親を思い出す…。」
二人でひとしきり笑い合って、俺達はベッドに入った。するとすぐに、清正は眠ってしまった。髪の毛に寝息が当たって、少しくすぐったい。
時計の短針はいつの間にか午前三時を指していて、睡眠不足は確実だと思った。ああ、明日も出勤なのに…。これは全部すぐ側で呑気に寝ている恋人のせいだが、あどけなさの残る寝顔に怒る気にもなれず、俺は清正のやや広めの額にキスをして目を閉じた。
大丈夫、目を開けても側にいるよ。
ーおしまいー
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