育男(イクメン)!B


お腹も膨れて虎々は俄然元気になり、萌葱色の衣を引きずりながら大坂城中を自由気ままに我が物顔で動き回った。

「待てって!こら、虎々!!」

虎々は赤子とは思えぬ体力を持っていて、ハイハイの速度もかなり速い。なので姫が遊び出すと付き合うのにはとても骨が折れるのであった。この運動能力の高さは間違い無く父親の遺伝子によるものだろうが、今は当の清正さえも翻弄している。

「あぶー!」
「お前…っ、危ないから止まれってんだよ!!」
「ははっ、姫は元気じゃのぅ!」

広い廊下をちょこちょこと這って回る虎々を、でかい図体をした清正が必死に追い掛けている。その光景を、秀吉は笑いを我慢すること無く見ていた。

「おてんば姫がハイハイでどこへでも行ってまうから、畳や廊下はいつも綺麗しとかねばならんの〜。」
「も、申し訳ありません秀吉様っ!!」

主君にシュバッ!と頭を下げる父を尻目に、虎々は鶯張りの廊下をずんずんと進んで行く。流石にやや子の体重では、床は鳴らないようだった。

「こっの野郎…!捕まえたぞ!!」
「あうぁ〜っ!」

清正に背後から捕獲されると、虎々は手足をばたつかせ全身を使って『イヤイヤ!』と言った。

「頼むから、今日くらい俺の言うこと聞いてくれよ…。」

清正の懇願するような響きのセリフに、虎々の動きが僅かに緩む。

「おとなしくしてれば、母上もすぐに帰って来るから。」

『母上』という単語に、虎々の動きは完全に止まった。そして、その機を逃す清正では無かった。

「良い子にして待ってれば、三成がたくさんよしよししてくれるからな。それだけじゃない、お土産もいっぱい買って来てくれるぞ!」
「だぅ〜!!」

三成に褒めてもらえると聞き、虎々はぱっちりとした瞳をきらりと輝かせ心なしか鼻息も荒くなった。
(それは、清正が虎々を操作する方法を会得した瞬間であった。)

「…どんだけ三成好きなんだよ、お前……。」
「だ。」

清正の呟きに対し、虎々は『お前もな』と言うような眼差しで父親を見た。

それから清正は、虎々に三成に関する昔話をしてやった。どんな少女であったかとか、戦場ではどんな働きをしていたかとか…。ついでに、左近を召し抱えたときのあの有名な話もしてやった。内容を理解しているのかは定かでは無いが、虎々はそれを静かに聞いていた。その昔語りが単なる惚気へと変化していった頃、虎々は夢の国へと出発していた。

「お、寝ちまったか…。」

清正は座布団で眠る娘をそっと抱き上げると、ふかふかの布団へと寝かした。虎々の寝息を聞いているうちに釣られて眠くなり、あくびを一つしてから彼も瞼を閉じた。



「清正、虎々。ただいま……、む…?」

帰宅した三成が真っ先に向かった先は、勿論虎々と清正の元。戸を開けると、二人が仲良く眠っていた。そのほほ笑ましい様子に、三成は思わず笑みを浮かべた。

「お利口さんで、留守番できたみたいだな。」

彼女のこの言葉は、清正と虎々、どちらに向けられたものなのであろうか。ひょっとしなくても、両者だろうか。
三成はご褒美、と言わんばかりに、愛する伴侶と可愛い娘の頬にキスを落とした。




ーおしまいー

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