めかくし、しあわせ、あいしてる。A


「ただいま。」
「おかえり清作。遅かったな……と、それは一体?」

清作の帰宅を玄関で迎えたさきは、夫が持っている様々な品に目を丸くした。

「平八さんとこで頂いたんだ。お前に食わしてやれって。子どもができたこと、知ってたぞ。」

立派な芋や漬け物などをさきに見せながら、清作は眉をハの字にして笑った。

「はは、どこの町でも奥方様達は耳が早いのだな。」

さきも、彼に釣られるようにして笑顔を見せた。

「いい匂いがすると思ったら今日は魚か。買ったのか?」

膳に載る、おいしそうな焼き目の付いた魚を見て清作が言った。今日はいつもより帰宅の時間が遅れてしまったために少しばかり冷めてしまっているようだが、腹の虫を鳴かせるには十分な、香ばしい香りが漂っている。

「いや、頂いた。たくさん釣れたからと向かいの旦那さんが。」
「…またもらったのか。うちは頂きもので生活してるようなもんだな…。まったく、美人はいいな。」
「まぁな。」
「少しは否定しろ、馬鹿。」

ふふんと得意げに笑うさきの髪を、清作はくしゃくしゃっと撫でた。
童のように笑い合う二人は、幸せそのものであった。



この夫婦がこの村に来たのは二年ほど前。どこの者かも分からぬ二人を、温かく迎えてくれた上に空き家まで貸してくれて、清作とさきは村民全員に頭の上がらぬ思いであった。今ではここで育った者かのように馴染み、村人達に可愛がられて暮らしている。

光を反射してきらきら輝く銅色の髪に、意志の強そうな瞳とそれを縁取る長い睫毛。化粧をせずとも白い肌、桃色に色付いた花弁のような唇。とにかくさきは美しい容姿をしていて、当初は村中の話題になったものだった。夫の清作も彼女と並んで遜色の無いほどの男であるので、平八ではないが、彼らが本当は何者であるのか、と面白おかしく勘繰ってしまうのも無理の無い話であった。ちなみに村人達の間での通説は、「さきはどこかのお姫様。清作は彼女の近衛兵で、身分違いの許されぬ恋の末駆け落ちした二人。」……らしい。



しかし本当は、大きな大きな戦を前に、敵対することとなった名のある武将同士であった。愛し合っていた二人はお互いに刃を向けるなど到底できず、全てを捨てて遠くまで逃げたのであった。

「清正、今日は米が特別うまく炊けたんだ。どうだった?」
「うまかった。…けど、その名前で呼ぶなって。俺は清作、お前はさきだろ。」
「す、すまん……。」

彼らが虎の異名持つ加藤清正、豊臣の頭脳である石田三成だとは誰が思うだろうか。

「そうださき、『お前様』って呼んでくれよ。」
「…ぇ、えぇ!?嫌だ!」
「夫婦だろ。言ってくれって。」
「お、ぉ……お…お前、さま…?」
「何だよ、さき。」
「……お前様。」
「さき。」

あの、大きな大きな戦が、仲間達が、かつての家がどうなったのか二人は知らない。
意図して、目を閉じ耳を塞いでいるからだ。

…さて、こんな真実を信じる者がいるのであろうか。



「…少し、秀吉様とおねね様を思い出すな。」
「ああ…。」

以前のことを、思い出さないことは無い。
だが。

「生まれて来る子は、女かな、男かな。」


この二人にだって、幸せになる権利はあるはずだ。


「どっちだって、どんな子だって構わねぇよ。俺とお前の子だ、可愛いに決まってる。」

そう言って清作は、まだ膨らんでいないさきのお腹を優しく撫でた。

「清作…。」
「さき、愛してる。」



俺も愛してる、と言う三成の唇を、清正はそっと奪った。




ー終ー

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